日本小動物医療センター・小動物消化器センターの篠宮佑季先生からバトンをつないでいただいたのは、アイデックスラボラトリーズ(以下、アイデックス)で様々な検査に携わっている秋山奈緒先生です。臨床医のキャリアから臨床病理医という検査の専門家を目指した理由や、検査を受ける時のアドバイスなどをお聞きしました。

秋山 奈緒先生
目次
臨床医を経験し、「細胞診」への興味はさらに深まった
まずは、秋山先生が獣医を目指したきっかけを教えていただけますか?
物心ついたときから犬と一緒に暮らしていたこともあって、子どもの頃から動物が大好きでした。特に動物園が好きで、何時間でもいられるくらい。そんな動物たちに頼られるような仕事に携われたらいいなという気持ちから、高校生くらいのときに獣医師という職業を意識するようになり、雄大な自然の中で生き生きと暮らす馬や牛などと触れ合いながら学ぶことができる帯広畜産大学に魅力を感じ、同大学に進学しました。大学では土地柄をしかし、牛の骨髄について研究していました。骨髄とは血液を作る器官のことなのですが、血液の病気を診断するためには、骨髄から細胞を採取して顕微鏡で血液を作る過程を観察する骨髄検査が有効です。この検査に関する研究を進める中で、「細胞診」という分野にすっかり魅了されてしまいました。
大学卒業後は、研究者ではなく 臨床医の道をスタートされていますよね。
大学時代は身近に細胞診を専門とされている先生がいらっしゃらなくて、ほぼ独学で勉強していたので、実際の臨床の現場で正しい検査の方法や検査の解釈の仕方を学んだり、血液や骨髄の病気、腫瘍性疾患の幅広い経験を積みたいと思い、東京大学動物医療センターで 内科の研修医をやらせていただくことにしました。大学病院はいろいろな分野の専門家が集っており、ひとりの患者さんに対して沢山意見交換をし、答えを導こうとする協力体制は、非常に刺激になりました。また大学病院では、正しい治療をするためには正しい診断をすることが大事であること、そして正しい診断をするためには、適切な検査と正しい評価が必要不可欠である、というとても重要なことを学ばせていただきました。
研修医を終了した後は、地域の動物病院で勤務されていましたがその理由を教えてください。
大学病院では珍しい症例も診る機会が多く、それはとても勉強になったのですが、基礎的なスキルを身につけたかったのと、一般的な病気についての経験を積みたいという思いから、2年ほど地域の動物病院で働いていました。このような地域の病院は大学病院とは異なり、飼い主さんの時間や費用の制限からできる検査が限られてしまうというケースもしばしば。患者さんの体内でどんなことが起きているのかを理解し切れないまま、なにかしらの治療をしなくてはならないこともあり、もどかしい気持ちになることもありました。そのような経験もひとつのきっかけとなり、細胞診を集中的に学んで、自信を持って正しい診療を提供できるようになりたいとあらためて思いました。
臨床医のご経験の中で、もともと興味があった細胞診の魅力にあらためて気づいたのでしょうか。
一般の動物病院では、細胞診をする機会はそこまで多くはなく、いざ一人で細胞診の評価を下す、となったときに自分の好きな細胞診ですら自信を持って評価できていないことに気づきました。そのような経験もひとつのきっかけとなり、多くの細胞診検査を経験し、細胞診を集中的に学んで、自信を持って評価できるようになりたいとあらためて思いました。
細胞診を学びたいと思いはじめたタイミングで、奇遇にもパートナーがアメリカに留学することになったんです。そのタイミングで、アメリカには「臨床病理医」と呼ばれる、細胞診や検査全般を担当する専門医がいて、その専門医になるための「レジデンシー」というプログラムが整っていることを知り、ぜひ見てみたい! と後先考えずに一緒に渡米することにしました。そして、ワシントン州立大学の臨床病理ラボで見学をさせていただいて、アメリカの獣医療における、臨床病理医の仕事とそのトレーニングシステムに感銘を受け、私がやりたいことはこれだ、と確信しました。
検査を極め、正しい診断と適切な治療の手がかりになりたい
あらためて、臨床病理医を目指した理由を教えていただけますでしょうか。
臨床病理医は、細胞や血液、骨髄、尿などあらゆる細胞体液検査のデータを扱う検査のスペシャリスト。動物に実際に触って検査をする臨床医と協力して正しい検査結果を提供し、適切な臨床診断に導くために重要な存在です。私は、動物を触ることも診ることも大好きなのですが、それよりも検査の本質や意義を理解して、検査結果を最大限に読み解くことで、正しい診断と相応しい治療に導いてあげたい、間違った治療で余計な苦しみをできるだけ味わってほしくないという気持ちが大きくなり、臨床病理医こそ私が極めたい分野だと確信しました。そして、ちょうど帰国のタイミングで現在所属するアイデックスで日本初の臨床病理医レジデント(トレーニングポジション)のプログラムがはじまったので、そこに応募して今に至ります。
臨床病理医の一歩を踏み出されて、あらためて感じることや見えてきた課題はありますか?
アイデックスは、獣医療におけるサービスや検査製品を提供しているグローバル企業なのですが、ここでレジデントとして4年間のトレーニングを受けていて、現在2年目です。主に、上司と一緒に細胞診検査の評価をしていますが、細胞診以外の血液や尿検査の結果解釈もオーストラリアのチームと一緒にトレーニングしています。この世界に足を踏み入れてあらためて感じているのは、日本の動物病院の先生がいかに一人で全てを抱えているかということ。日本の動物病院の先生は、動物のケア、処置、採血、検査、結果の解釈、治療、飼い主さんの心のサポートまで、全てを行うのが当たり前というイメージが強いかもしれません。しかし、検査のスペシャリストをうまく使い、よいタッグを組むことができると、検査から得るものを最大化することができると私は思います。疾患の原因をみつけ、飼い主さんも納得した状態で最適な治療のステップに導く、その重要な手がかりを検査が担っているからです 。
細胞診を行う際に、心がけていらっしゃることがあれば教えてください。
臨床病理医は、多くの場合、実際に動物に触れたり、直接飼い主さんとお話をしたりすることはなく、検査の結果を報告書として主治医にお送りします。そのため、今後どのようなステップを踏んだらより正確な臨床診断につながるのかをコメントとして記載させていただくなど、結論のみではなく想いを込めてお届けできるように心がけています。症状と検査結果が合わない時や、検査結果の中で気になるところが出てきたら、主治医とディスカッションをすることもありますし、評価に関わる重要な情報であればお電話で確認することもあります。
また、アイデックスでは、できるだけ主観的な評価にならないように、難しい症例の場合は特に、複数の獣医師で検査結果を診て意見を交わしています。ほぼ書面でのやり取りだからこそ、かつ臨床獣医師としての経験もあるからこそ、できるだけ依頼してくださった病院の獣医師と密なコミュニケーションをとれるようにしたいと思っているんです。
しこりを見つけたら、検査を恐れずになるべく早めに病院へ
お話の中で適切な検査の重要性をあらためて感じたのですが、血液検査に比べて細胞診はまだ日本の飼い主さんに知られていないのかもしれませんね。
そうだと思います。細胞診は、白黒はっきりつけるような検査ではなく、次のステップをどうしたらいいかを探る検査です。とても細い針を使うため、短時間で終わることがほとんどですし、動物たちへの身体への負担もわずかです。麻酔をかけて行うような、身体への負担が大きい検査をする前に方向性を定めることができるという点でも、多くのメリットがあります。
依頼書の飼い主さんからのヒアリング内容でよく目にするのが、「しこりはずっとあったが、最近大きくなってきた」というもの。ずっとあるもの=良性というわけではありません。長くあるものが突然変化することもありますし、小さいうちなら完全に取り切って根治できたものも、大きくなってしまったことで出来物を取るだけでは済まなかったり、手術で取り切れなかったりすることもあります。まずしこりを見つけたら、甘く見ないですぐにかかりつけの先生に診てもらって、積極的に検査をしていただけたらいいなと思います。早期発見ができれば、ワンちゃんの身体の負担も飼い主さんの経済的な負担も、最小限に抑えることができますよ。
しこりを見つけてかかりつけのお医者さんに診てもらう時、飼い主さんがチェックすべき点や伝えるべき情報はありますか?
ぜひ、主治医に伝えて欲しいのは、
①そのしこりがいつからあったのか
②どのくらいの期間でどのくらい大きくなったのか
③他に気になる症状はあるか
の3点。③については、しこりと関係あるかどうかは考えなくてよいので、例えば1日に何回くらい吐いている、かゆがっているなど、普段とはちがう様子をできるだけ細かく伝えていただけたらと思います。どれも、飼い主さんにしかわからない大切な情報ですので、なんでも伝えてみてください。
ちなみに、その検査に価値があるのかどうなのかは、獣医師が一方的に決めることではなく、飼い主さんと相談して決めるべきだと私は思っています。ですから、主治医に検査を提案されたら、どんなことがどれくらいわかるのか、それがわかることがなぜ重要なのか、どんな結果だったら次のステップとしてどのような治療を考えているのかなど、気になることは遠慮せずに事前に聞いてみるといいと思います。
最後に、秋山先生が将来的にやってみたいこと、目指していらっしゃる活動などがあれば教えてください。
現在、日本のアイデックスでは細胞診のサービスしか展開していませんが、他国のアイデックスをはじめとする検査会社は、血液検査のデータ分析やデータ解釈の難しい症例についてのディスカッションなど、より包括的に動物病院の先生が臨床病理医を活用できるサービスが存在しています。日本では、臨床病理学や臨床病理医という分野の知名度があまり高くないですが、検査の解析を行うスペシャリストとして立場をより明確にすることで、もっと地域の臨床医のみなさんにも頼っていただける存在になれたらいいなと思いますし、海外のようにサービスの幅も広げていけたらいいなと思っています。
また、アイデックスには全国からたくさんの検査依頼があり、さまざまな症例が集まってきます。その分データの量も膨大ですから、将来のために有意義なデータベースを作ることが可能です。その点を活用して、地域性と病気の関係性を分析したり、稀な病気のデータを解析したり、病気のさらなる解明やより正確な臨床診断に貢献していけたらと考えています。今はまだ私自身もトレーニングをしているところですが、将来的には日本の臨床病理医を育てていくような活動もしていきたいですね。
消化器内科・篠宮佑季先生のバトンの回答
篠宮先生
学生時代や研修医時代に特に興味をもったことと、現在の進路を目指した理由を教えてください。
秋山先生
大学時代に力を入れていた骨髄の研究で、細胞が未熟な状態から成長する過程を観察していたときに、普段はまったく意識していなかった身体の細胞の見え方や動きに感心してしまって。そこから、細胞診という分野にどんどん引き込まれていきました。学んでいた大学や身近な知り合いに臨床病理医がいなかったことで、逆に本格的に学びたいという気持ちが芽生えたというのもありますが、大学病院での研修医時代とその後の地域の動物病院の経験の中で、検査を正しく読むことの重要性をより感じられるようになったからこそ、臨床病理医になろうという気持ちは一層強くなったと思います。
篠宮先生
Q.臨床病理医は動物やそのご家族とも直接コミュニケーションをとることがない立場だと思いますが、それによるもどかしさなどを感じることはありますか?
秋山先生
多くの場合、臨床病理医は実際に動物に触れたり、直接飼い主さんとお話をしたりすることはなく、検査の結果を報告書として主治医にお送りします。確かに直接的なコミュニケーションをとることはないものの、報告書を通じて今後どのようなステップを踏んだらより正確な臨床診断につながるのかをコメントとして記載させていただくなど、想いを込めてお届けできるように意識しています。
動物を診る臨床医から、検査の専門家である臨床病理医へとキャリアを広げる。大学時代に研究した骨髄疾患をきっかけに、細胞診に興味を持ち始める。細胞診・臨床病理のスペシャリストとして専門医になることを決意し、現在はアイデックスラボラトリーズに所属し、動物たちが適切な診断・治療にたどり着けるよう、検査を通じて貢献している。臨床医と協力し、検査結果を最大限に活用することで、動物とそのご家族に寄り添った医療の実現を目指している。