東京大学大学院農学生命科学研究科附属動物医療センターの福岡 玲先生からバトンをつないでいただいたのは、日本小動物医療センター・小動物消化器センターに勤める篠宮佑季先生です。獣医師を目指すきっかけになった柴犬への思いと共に、内視鏡を用いた検査・治療についてうかがいました。
篠宮 佑季 先生
目次
獣医師になって愛犬のように長生きできる動物を増やしたい
獣医師を目指すきっかけからうかがいたいと思います。やはり動物がお好きだったからでしょうか。
私の場合は「柴犬が好き」ということが獣医師になる圧倒的な動機です。子どものころに迎えた柴犬のメリーとは不思議と気が合って、家に帰ったら迎えにきてくれるけどすぐどこかへ行ってしまうような、人に懐ききらない距離感が大好き。オオカミみたいな風貌なのに、しっぽが丸まっておしりが見えちゃっているフォルムも完璧だと思います(笑)。メリーは病気をせずに17歳まで長生きして、老衰で亡くなったんですね。そういう穏やかな最期を迎えられるような動物を増やしたいということも、獣医師を目指す理由になりました。
警戒心が強い柴犬は診察が難しいともいわれますが、家族にさえ距離を置く犬だから獣医師を警戒するのは当たり前だと思っています。私は柴犬が好きすぎる変態なので、噛まれてもうれしいくらい(笑)。じつは先日も診察中の柴犬に噛まれて手に穴が空きましたが、「元気があるな」と思って笑っちゃいました。
柴犬愛にあふれていますね。進学してから獣医師になるまでの経緯を教えてください。
東京農工大学在学中に現在はアジア獣医皮膚科専門医である大隅尊史先生にお会いし、憧れが芽生えて皮膚科に興味をもつようになりました。学生時代から皮膚科・耳科の極意を叩き込まれ、今でも師匠と呼ぶ存在ですね。卒業後の進路に迷っていたときには、大隅先生自身もご経験されていたこともあり、絶対に将来の役に立つからと研修医の経験を積むようにすすめてくださって、東京大学付属動物医療センターの内科系研修医を勤めました。
研修修了後に勤務した動物病院は、ホームドクターの役割がある一次診療施設です。予防や健康診断で受診される動物やすべての分野の病気を診察することができる面白さがありましたが、同時にすべての分野をある程度高いレベルで診る知識・技量が必要であると感じました。そんな中で自分の得意と苦手の分野に大きな差があると感じて、すでに得意としている皮膚科・耳科にように何かに特化するほうが自分には向いているなと。そこで研修医のときに学んだ消化管内視鏡の技術をさらに磨きたいと思って、二次診療施設である日本小動物医療センター・小動物消化器センターに移りました。
内視鏡は患部を攻略する難しさが技術を磨くやりがいになる
小動物消化器センターでは研修医時代に興味をもった消化管内視鏡に力を入れているそうですね。
消化管内視鏡(いわゆる胃カメラ)はスコープを口やおしりから入れ、おもに消化管の検査や治療を行う器具です。人の場合は鼻から入れることもありますが、動物は全身麻酔をかけるので診断や治療のしやすさを優先してできるだけ太めのスコープを口から入れます。カメラ越しに患部を攻略していく難しさがある一方で、操作技術を磨いて診断や治療に繋げていくのがやりがいです。たとえば胃の出口である幽門を通過させるにも技術が必要で、チワワのような超小型犬の検査ではさらに高い技術が必要なんですよ。
消化管内視鏡は消化器内科では花形といえる処置ですが、観察できるのは胃や小腸、大腸などの消化管のみです。私たちが消化管内視鏡をする主要な目的は、もちろん消化管の病気を診断することですが、特に高齢の動物では腫瘍ではないことを確認することがご家族の安心に繋がると考えて、検査を提案することもあります。消化器内科では胃腸疾患のほかにも肝臓や膵臓などに病気を持つ動物を診察しますが、嘔吐や下痢などの症状を認めることが多いです。超音波検査などを行うことで原因の究明に努めていますが、中には嘔吐や下痢の原因が消化器疾患ではないこともあります。その場合には適切な診療科を紹介します。
消化器内科には症状に合わせて診療科の交通整理をする役割もあるんですね。国内にまだ浸透していない処置はありますか?
消化管内視鏡スコープを使用している動物病院は多いと思いますが、耳内視鏡スコープに関しては使用している病院自体少ないと思います。また内視鏡スコープがあれば誰でもできるというわけではなく、広い範囲を観察し、病変を見つけ、組織を採り、診断や治療に結びつけるためには、技術と経験が必要です。
私が実施できる処置の範囲を超えますが、皮膚科・耳科の師匠である大隅先生は試行錯誤を繰り返しながら内視鏡で先進的な治療を行っています。たとえば少し前には外科手術により治療をするしかなかったような耳の病気が、内視鏡による処置を行うことで治療ができるようになってきました。また、最近では耳の手術に内視鏡を併用することでより高いレベルでの手術を行われています。
消化器内科では第二の師匠である中島 亘先生(小動物消化器センター センター長)も先進的な治療に尽力されています。例えば基本的に手術でなければ治療できないとされる大腸がんをタイプによっては内視鏡下でのポリペクトミー(病変を高周波電流で焼き切る方法)で治療できるのではないかと考えており、現在調査を進められています。どちらの分野に関しても師匠が取り組んでいるような活動を、いずれは私もできるようになりたいですね。
皮膚と消化器の知識を生かし、柴犬専門病院をつくるのが目標
皮膚科と消化器内科、専門分野を横断する知識が役立つ場面を教えてください。
単純に私が好きで興味を持っている分野が皮膚と消化器だったわけですが、どちらも体の外側に面している臓器なので共通点もけっこう多いと感じています。たとえば食物アレルギーは皮膚にも消化器にも症状が出るし、アトピー性皮膚炎などの治療の1つとして腸内細菌叢を整えれば皮膚の状態が改善することもある。近年では皮膚と腸の密接な関係性について、動物でも注目が集まってきています。現在は消化器内科医としての仕事がほとんどですが、皮膚科と消化器科両方の知識を生かした診断・治療アプローチができるのはよかったと思っています。
じつは皮膚と消化器の病気は柴犬によくみられます。大好きな柴犬が病気になることは決して喜ばしいことではありませんが、自分の得意な分野で柴犬を診察し、治療してあげられることもうれしく思っています。いつか柴犬専門病院をつくりたいですね(笑)。私の人生の最終目標というか、余生で実現したいと思っています。
飼い主さんに日頃の健康面での注意点のアドバイスはありますか。
皮膚や耳の痒み、嘔吐・下痢などの症状は日常からよく遭遇するものだと思います。皮膚の病気で命を落とすことは少ないものの、痒みはQOL(生活の質)を大きく下げる要因であり、嘔吐・下痢は見ていて辛いし、中には大きな病気のサインであることもあります。 “何かがおかしい”と飼い主さんが感じることが、病気の診断にはとても役に立ちます。ほとんどの場合には大事に至らないと思いますが、特に“何かがおかしい”症状が1~2週間以上続く場合はかかりつけの先生師に詳しい検査を相談してくださいね。
内視鏡検査・治療を受ける動物の飼い主さんに向けて、メッセージをお願いします。
全身麻酔による処置に抵抗感がある飼い主さんは多いと思いますが、検査は動物に負担だけをかけているわけではありません。かつては手術をしないとどうにもできなかった病気が、内視鏡を用いることで、動物にも飼い主さんにもより少ない負担で診断や治療ができるようになってきていることを素晴らしい進歩であるととらえてほしいですね。
私たち自身もいきなり「胃や腸の手術!」と言われたらハードルが高いけれど、人間ドックの胃カメラなら受けてみようかなと思うじゃないですか。同様に動物の内視鏡検査も必要なときには受けてほしい。耳でも消化管でも異常があれば早く診断して早く治療することが動物の健康状態を維持するのに繋がります。私たち獣医師も動物と飼い主さんが元気になったらうれしいので、技術を磨くモチベーションになります。
血液内科・福岡 玲先生のバトンの回答
福岡先生
Q1.学生時代から皮膚科の高い専門性を持っているのにも関わらず、消化器内科の二次診療施設に身を置いている理由を教えてください。
篠宮先生
皮膚科・耳科のみを専門とする道もあったんですが、これらの病気の診断や治療はシンプルに見えて奥が深く、師匠の大隅先生のように専門性を極めることができるか、新たな技術を発展させながら皮膚科の一本道を歩き続けることができるのか……と考えたときに、ちょっと違う道にも行ってみたいと思ったことがきっかけになりました。1つの分野を専門としている先生方からしたら半端者だと思われると思いますが、せっかくだから自分の好きな内視鏡をたくさんできる仕事をしたいと(笑)。これからも皮膚と消化器の二本柱で診察にあたっていきたいですね。
福岡先生
Q2.皮膚科と消化器科の2つの分野で積まれた経験を生かして、将来はどのような活動を目指していますか?
篠宮先生
専門医や認定医のような資格を取るというような明確な目標はありません。今はがむしゃらに自分が好きで学んできた皮膚科と消化器科の知識や、内視鏡の技術を磨く努力をし続けたいと思っています。その努力が資格という結果に結びつけば、とても嬉しいことだと思いますし、病気で苦しむ動物やその飼い主さんたちの手助けになればと考えています。余談ですが、スコープを使うという分野では内視鏡に加えて腹腔鏡外科にも関心があるんです。機会があればチャレンジしたいですね(笑)
日本小動物医療センター・小動物消化器センター(胃腸、肝胆、膵)勤務。2019要確認)年東京農工大学卒業後、2021年に東京大学付属動物医療センター内科系研修医修了。亀戸動物総合病院(東京都)にて一般診療業務に従事しつつ、2022年よりさくら動物病院(愛知県)にて皮膚科・耳科の専門診療を行う。2023(要確認)年から現職。2024年からは動物皮膚科コンサルタント認定獣医師として、神宮プライズ動物病院(東京都)にて、一般・皮膚科診療を兼任。皮膚科と消化器内科を学び、耳や消化管における内視鏡検査・治療も行う。病気ひとつせず17歳まで長生きした愛犬の柴犬・メリーちゃんのように、動物の健康を支えることを目標にしている。