「ずっと元気でいてほしい」オーナーがどんなに強くそう願っていても、ケガや病気、高齢化などで四肢や腰・首などが不自由になるペットは少なくありません。治療により元気に過ごすことができるようになる子がいる一方で、何らかの理由で治療ができない場合もあります。そんなペットとオーナーをサポートし、生活の質を保つための選択肢のひとつに「義肢装具(義足やコルセットなど)」があることを知っていますか? 今回は、日本における動物専用の義肢装具製作の第一人者である島田旭緒さんと、日本動物医療センター院長・上野弘道先生に、ペットライフにおいて義肢装具が果たす役割や可能性についてお話を伺いました。
島田 旭緒 さん
(しまだ あきお)
東洋装具医療器具製作所ホームページ
上野 弘道 先生
(うえの ひろみち)
公益社団法人日本動物病院協会(JAHA) 外科認定医。公社)日本獣医師会(JVMA)理事。公社)東京都獣医師会(TVMA) 業務執行理事。公社)日本動物病院協会(JAHA) 専務理事。一社)日本小動物整形外科協会(VOA Japan)副代表理事。
日本動物医療センターホームページ
目次
獣医療に変革をもたらした、動物専用義肢装具の誕生
お二人は以前から知り合いだったと伺いました。まずは、その出会いについて教えてください。
確か12年くらい前に、上野先生が院長をされていた日本動物医療センター(現:グループ代表)からお電話をいただいたのが、最初の出会いでしたよね。
そうそう。うちの病院の獣医師から義足についての問い合わせをして。あの時はポメラニアンの義足を作ってほしいという依頼だったかと思います。
そうです。創業間もない頃だったので、突然の依頼にびっくりしました。当時はまだ動物の義肢装具の存在を知っている人はほとんどいなくて、とにかく知ってもらおうと、さまざまな学会にブースを出展していたんです。きっとそこで僕の存在を知ってくださったのだと思います。
その頃、獣医療では義肢装具は用いられていなかったのですか?
島田さんが動物の義肢装具を作るようになるまで、四肢の固定が必要な場合は、獣医師がテーピングをして対応していましたね。断脚した子の場合は、そのままで生活するのが普通でした。3本脚でひょこひょこ歩く、というような。動物の体に何かを装着すると、皮膚に裂傷や感染が起きる恐れがあるので、そもそも「動物に義足を付ける」という概念がありませんでした。多くの獣医師が、「毛でおおわれている動物にそんなものが付けられるの?」「締め付けられて壊死しないの?」などと思っていたのではないでしょうか。
そんな中で島田さんがイノベーションを起こし、獣医師とオーナーの選択肢が大きく広がりました。そもそも島田さんは、どうして動物の義肢装具を作ろうと思ったんですか?
僕自身、最初から動物の義肢装具士になろうと思っていたわけではないんです。幼い頃からモノづくりが好きで、人間の義肢装具を作る義肢装具士を目指そうと専門学校に入りました。「動物の義肢装具」は、実は僕の卒論のテーマだったんです。当時、いろいろ調べましたが、動物の義肢装具はどこにも存在していませんでしたね。だからこそ卒業後は僕も人間の義肢装具を作る会社に就職したんです。
動物の義肢装具を作ろうと思ったのは、会社の先輩が飼っていたチワワが背骨を折ってしまったことがきっかけです。その子が退院した時に、座布団に穴を開けたようなコルセットを付けているのを目にして、「動物用の装具を作っている人がいる!」と、いてもたってもいられなくなりました。その装具は、獣医師さんが手作りしたものだったんですが、衝動的に「僕に作らせてほしい」とその先生にお願いしに行ったんです。
そこから島田さんの動物のための義肢装具作りが始まったのですね。
はい。でも最初は獣医師の先生に相手にしてもらえなくて、修業の日々でした。数えきれないほど先生の元へ足を運び、何度も試作をして「こんなの使えない」などと言われながら、試行錯誤を繰り返しましたね。3年ほど経験を積んだ2007年に、祖父の工場の一室を借りて、ようやく東洋装具医療器具製作所を開業しました。
動物の義肢装具があることなんて、誰も知らないところからのスタートですよね。結構な苦労があったんじゃないですか?
最初はオーダーがほぼ無かったですね(苦笑)。実績もエビデンスもない状態からのスタートだったので、獣医師の先生方から認められるようになるまでには、時間がかかりました。ただ、1件また1件と実績を積んでいくうちに、先生方の間で、口コミで情報が広がっていくようになって。ありがたいことに、絶え間なくオーダーが入るようになりました。
何年もかけて、獣医師からも、オーナーからも信頼を勝ち取ってきたんですね。
試行錯誤を重ね、症例に合わせた義肢装具製作が可能に
今では年間3,000件ほどの依頼があるそうですが、犬と猫ではどちらの依頼が多いのですか?
圧倒的に犬が多いですね。9割が犬用です。猫の場合は、肌も関節も非常に柔らかく、よく動くので、外側から固定すること自体がとても難しいんですよ。性格的にも猫は装着を嫌がりそうですしね。
製作している義肢装具には、どのような種類があるのでしょうか?
大きく分けて、義肢(義足)と、腰を固定するコルセットや首に付けるカラーのような装具があります。その中でも、ある程度形が決まっている既成品と、症状に合わせてオーダーで作る製品があります。
創業当時から、コルセットだけでなく義足も作っていたんですか?
創業した当時は、動物の義足は作れないと思っていました。脚という部位の特性上、装着しづらく、かといってきつく締めればいいというわけでもないので、製作が難しいと考えていたんです。ただ、いろいろな症例に対応していくうちに、義足も作ることができるようになって。もちろん、どうしても適応が難しいケースもありますが。
経験を積んで、次第に製品が増えてきたんですね。この仕事は、動物の体のことを知らないとできない仕事だと思います。島田さんは人間の義肢装具士なので、人の体の動きや仕組みについては深い知識を持っているわけですが、犬や猫の体については独学で勉強したんですか?
そうですね。動物病院に通っていた修業時代に必死で勉強しました。今では犬や猫だけではなく、牛や鳥などの装具を手掛けることもあって。最近は、ペンギンの義足製作にも挑戦しています。
ペンギン⁉ 耐水性も必要だろうし、それはまた難しそうですね。
どのような症例での依頼が多いのでしょうか?
昔から多いのは、椎間板ヘルニア用の腰のコルセット。次に多いのは首を固定するためのカラーです。部位で言えば、脊椎や前十字靭帯の症例で依頼を受けることも多いですね。その他にも、頭や股関節、指先など、付ける部位によってたくさんの種類の装具があります。
依頼される主な疾患
変形性脊椎症、脊椎側彎症、腫瘍、ウォブラー症候群
変性性脊髄症、脊椎側彎症、脊椎空洞症、腫瘍、自壊
骨折の癒合不全、靭帯損傷、筋疾患、腫瘍、自壊、損傷防御
私から最初にお願いしたのは、首の1番目と2番目の骨が固定されず、グラグラ動いてしまうチワワミックスの子のコルセットでしたね。動くと首の骨がずれて神経にあたり、バタリと倒れてしまう子でした。いったんは手術で骨を固定することに成功し走れるようになったんですが、数年後に埋め込んだピンの一部が金属疲労で折れてしまって。その際に、「なんとか頭頸部を固定できないか」と島田さんに相談したんですよね。
その時のことはよく覚えています。首の固定なので締め付けて血流を止めるわけにはいかない。先生のアドバイスをもとに、首を締め付けず、顎と肩の骨を伸ばして安定化させる方法で首を固定するコルセットを作りました。今でも、その形状のコルセットは人気商品です。
装具はどのように作っているのでしょうか?
オーダーメイドの場合は、動物病院から依頼を受けて、病歴や画像、生活状況などの情報をもとにデザインの検討をします。その後、私や専門スタッフが計測に行き、石膏で型をとって、型紙を製作。それをもとに縫製を行い、製品を完成させます。
胸腰椎を固定するコルセットなど、ある程度形の決まっている製品の場合には、獣医師の先生に計測していただいて、注文してもらうこともあります。
製作期間はどのくらいですか?
一般的なものであれば1週間から2週間程度ですね。オーダーメイドの場合は、完成後もフィッティングに行って、調整などを行うこともあります。
義肢装具を作るのが難しい症例もありますか?
麻痺がある場合でしょうか。麻痺の状態のわずかな違いによって製作する装具も異なるため、その都度工夫して作ることになります。また、麻痺が進行している状態だと、作った時は良くても次第に合わなくなるんです。その度に調整すると価格も雪だるま式に膨らむため、オーナーさんの負担になりやすいという点でも、難しいケースだと言えます。
一例一例、違うんですよね。その子のサイズや筋力によっても違うだろうし、どこをサポートしてあげるかによっても違う。まず犬そのものの解剖学的なこと、そしてそれぞれの犬の状態を把握しないとできないです。改めてすごいな。毎日がイノベーションですね!
ありがとうございます(笑)。最近の例では、首が悪いために歩けない子の上腕にバンドを付け、背中で手繰り寄せるタイプのコルセットを作った例がありました。でも、それだけではまだ肘が外側を向いた状態なので歩けなくて。さらに肘を回転させるバンドを付けたところ、歩けるようになりました。
固定しすぎると動けなくなるので、その塩梅が難しそうですね。
そうなんです。微妙な調整によって、装具がうまく機能するかどうかが変わってくるので、適切な固定のポイントを見つけるのがとても難しいんです。