獣医師の先生に愛犬との暮らしについて聞く「Vet’s Dogs~獣医の犬の飼い方~」。今回は、チワワのマリモちゃんと一緒に暮らす王子ペットクリニック院長、重本仁先生のもとを訪ねました。マリモちゃんはブリーダーが手放した繁殖引退犬の女の子。マリモちゃんとの出会いから家族となった今の生活まで、たっぷりと伺いました。
重本 仁 先生
目次
保護団体から譲り受けたチワワのマリモちゃんに、
「うちに来て良かった」と思ってもらいたい
先生が獣医師を目指したきっかけについて教えてください。
高知県の田舎育ちで、小さな頃から生き物が大好きでした。海や川に魚や沢蟹を捕りに行ったり、釣りをしたり。毎日のように、裏山の中を駆けずり回って遊んでいましたね。生き物がいつもそばにいて、身近な存在だったんです。成長するにつれ自然と「動物を救いたい」という気持ちが芽生え、獣医師を目指すようになりました。痛みを上手に訴えることができない動物たちに寄り添うために、なるべく負担の少ない方法で治療ができるよう今も勉強を続けています。
マリモちゃんとは、どのようにして出会ったのですか?
前にもチワワを飼っていたのですが、その子が亡くなってしまって。本当は次の子を迎え入れるつもりはなかったんです。でもある動物保護団体のボランティアを通じてマリモに出会ったとき、亡くなったその子と重なったんですよね。衝動的に家に連れて帰ったら、いつの間にかうちの子になっていました。
マリモとの出会いのきっかけとなった保護団体は、やむを得ない事情で飼い主が手放したり、動物愛護センターなどに収容されていたりする動物を保護し、飼い主を探す活動をしています。そういった多くの保護犬の中で、私はマリモと出会いました。マリモは繁殖引退犬と言われる子で、ブリーダーの元で子犬をたくさん産んできたはずです。こういった子は、年を重ねるとブリーダーに手放され、居場所がなくなってしまうんです。
どんなふうにマリモちゃんと家族になっていきましたか?
繁殖のために飼われていたマリモが、ブリーダーの元でどのような暮らしをしていたかは分かりませんが、とにかく人間を怖がっています。交配のために押さえつけられたような経験があるのか、特に男性が嫌いで、抱っこされるのも好きではありません。うちに来てから2年が経ちますが、実は僕にはあまり懐いていないんですよ(苦笑)。幸い妻にだけは懐いていますが、子どもにもあまり近付きません。
そんなマリモですが、家族はみんなマリモのことが大好きで、愛されています。チワワは気性が荒い子が多いと言われますが、この子はとてもおとなしいですね。いつもそっと僕たちのそばにいてくれるマリモが、「この家に来て良かった」と思えるように、穏やかな環境の中で一緒に暮らしていければと思っています。
保護犬は、懐かない可能性があることも知ってほしい
“人が怖い”というマリモちゃんに対して、気を付けていることはありますか?
こちら側から積極的にアプローチしないように心がけています。これまでの経験から、「人間が怖い」という気持ちがどうしても拭えないのが、マリモなんです。飼い主として、そのことを忘れないように気を付けています。少しずつマリモの心が癒されればと思っていますが、なかなか難しい。小さなときの境遇が、それほど影響しているんですよね。
保護犬は、保護されるまでの経緯や過去がそれぞれ異なり、人を怖がる子も少なくありません。最近は保護犬への関心が高まり、引き取りの費用も抑えられることから保護犬を迎え入れる人も増えましたが、安易な気持ちで引き取ってほしくないと思います。
実際にうちのマリモは2年経っても、まだまだ懐いていません。保護犬を迎え入れるということは、「思っていたのと違う!」となる可能性があることを、知ってほしい。僕たち家族は、マリモが辛い思いを経てこの家に来てくれたということを忘れず、彼女が受けてきた傷を少しずつ癒してあげられれば、と思っています。
保護犬を飼うに当たってのポイント
- 1. 人が怖い子には、積極的にアプローチしない
- 2. その子の性格や心の傷を受け入れる
- 3. 嫌がることを無理にしない
チワワを含む小型犬は、目の病気や心臓病を患う子が少なくない。
マリモちゃんの体調やケアで、気を付けていることはありますか?
チワワを含む小型犬では、心臓病を患う子が少なくありません。病院の健診などで心雑音が聞こえ、心臓の動きに不具合が発見されることも多いんです。老齢になって発症する子も多いので注意が必要です。マリモも定期的なチェックを欠かさないようにしています。
また健康チェックとして、全身をくまなく触っています。皮膚や鼻、関節の状態を確認したり、しこりの有無などを調べたり。チワワのような小型犬は目の病気も多いので、目のまわりの毛を切ってあげるなど清潔を保つようにしています。その他にも歯や歯肉、においなど口の中のチェックやおしっこやうんちの状態も、もちろん確認しています。
愛犬が体調不良になったとき、そういった日々のチェックの内容が病気の原因を診断するのに役立つことも多いので、ぜひ、飼い主さんはチェックしてみてくださいね。
心音は、私たちでも確認できますか?
実は聴診器がなくても、心雑音は聞き分けられるんです。僕も日常的に聞くようにしていますが、チワワオーナーさんは、日頃からぜひ心音を聞くようにしてもらいたいと思います。雑音があれば、「ザッザッザッ」と聞こえるので、きっと分かります。日頃からチェックしておいて、異常があったら分かるようにしておきたいですね。
毎日できる健康チェック!
- 1. 全身をくまなく触診
- 2. 口の中の様子、においを確認
- 3. 心音を聞いて、雑音がないか確認
聴診器がなくても、犬の心臓付近に耳を押し当てて心音を聞くことができます。正常なら、人間の心臓と同じように「ドックンドックン」という音がします。毎日、抱っこするなどしている飼い主さんなら、すぐに気が付くかもしれません。「ザッザッ」、または「シャーッ」などの異音が聞こえたら、すぐに病院へ。心拍数や呼吸数も、日常的にチェックしておくと良いですね。
チワワに限らずアレルギーが発症しないように、食事の器は陶器で。
その他、健康のために食事や運動などで気を付けていることはありますか?
アレルギーが発症しないように、食事の器は陶器のものを使っています。マリモは、食べることが大好きなんですよ。総合栄養食であるドッグフードを、毎日、決められた回数あげていますが、ごはんのときだけは、僕のところにも来ますね(苦笑)。ゴミ箱をあさってしまうほど食に執着するので、誤飲にも気を付けています。
夕方に30分ほど散歩をしますが、マリモは散歩も好きではなく、車の音や見知らぬ人が怖いようです。寒さにも弱いので冬場は外に出たがりませんし、ワンちゃんがあまりにもストレスを感じるようなら、無理に散歩に出かけなくてもOK。私の場合、散歩もそうですが、とにかく「嫌がることをしない」ように心がけています。
その他、愛用しているのはおしっこが飛び散りにくい囲いのあるタイプのクリアトイレ。衛生的で私もマリモも気に入っています。洗いやすく、ペットシーツがきちんと押さえられるところも、おススメポイントです。
チワワなど小型犬は怪我に注意。家の中の小さな存在に気を付けて。
チワワを飼うとき、注意することはどんなことでしょうか?
チワワは、その体の小ささゆえに人間が歩いていても視野に入ってきません。畳のある家だと、座布団に腰を下ろそうとして、そのまま踏みつぶしてしまうなんていうことも…。とにかく体の小さなチワワにとって蹴り飛ばされたり、潰されたりというのは、まさに交通事故。背骨や首の骨の骨折は、命に関わります。階段やソファーからの落下、着地でも骨折の可能性がありますので、未然に防ぐための工夫や対策を取ってほしいですね。
またチワワ自身も視線が低く、人間の動きに対する対応が遅れてしまうことが多いため、チワワと人間の視線の違いを意識することが一緒に暮らす上ではとても重要です。特に、子犬のうちは頭が柔らかいので、しっかりと家族全員で注意をしておきましょう。
小柄なチワワの骨折・怪我を予防するためのポイント
- 1. 犬と人の視点の高低差に注意して、踏まないように!
- 2. ソファーに上ったら、落ちないように目を離さない
- 3. 階段の上り下りはさせない
チワワに階段の上り下りは厳禁です。ソファーから飛び降りただけで、骨折してしまうことがあります。本やリモコンなどの落下も、大怪我につながるかもしれません。怪我は人間の責任です。大切な家族のために、注意してあげましょう。
マリモちゃんと暮らす上で、ほかに工夫していることがあれば教えてください。
マリモの家の中でのお気に入りスペースは、ソファーの横です。怖がりで警戒心が強いこともあり、自分の視界が広く確保できる場所を定位置にしているんだろうと思います。繁殖犬としての辛い経験が、まだまだ心に残っているマリモ。そんなこの子に、より安心できる場所を提供してあげられるよう、そっと見守りながら穏やかに生活していきたいと思います。
ありがとうございました。最後にチワワオーナーの皆さんへメッセージをお願いします。
チワワは小型犬の中でも、特に小さな犬種です。それが可愛さでもあり、愛おしさでもありますが、ちょっとした落下や衝突が大怪我につながり、命にかかわってしまうことがあります。コロナ禍で、おうちで過ごすオーナーさんが増え、目が行き届く分、骨折や怪我で来院する子が減ったように思います。皆さんが意識して生活することで、大切な家族を守ることができます。いつも「足元にうちの子がいるかもしれない」、と思って生活してあげてくださいね。
私も保護犬であるマリモに、「うちに来て良かった」と思ってもらえるように、家族の一員としてずっと大切にしていきます。