「ペットロス」はペットを飼っている人にとって、とても身近な言葉です。動物たちの命は、人間よりも短いことが多いもの。だからこそ、いつかはやってくる「その日」を、恐れている人も多いのではないでしょうか。しかし、ちまたで言われる「ペットロス」とは一体どんなものなのか、誰もが陥るのか、どうすればそこから回復できるのか、その全貌はあまり語られてこなかったように思います。
そこで今回は、獣医師でありつつ、ペットと飼い主の心のケアを研究し、独自の手法による「動物医療グリーフケア®」を考え出した阿部美奈子先生に取材。ペットとの幸せな暮らしを最後まで守り抜くために、「飼い主の皆さんが今からできること」についてじっくりとお話を聞いてきました。
阿部 美奈子先生
ペットと人の心を元気にする獣医師。「ペットと人のハッピーライフを出会いからエンディングまで」を合言葉に、「待合室診療」というこれまでにない診療スタイルを発掘、自らが構築した動物医療グリーフケアを展開している。動物医療でのグリーフケアはペットや飼い主だけではなく、命に向き合う医療者にとって重要な視点となる。ペットロス以前の「ペットが生きている間に取り入れるグリーフケア」の大切さを提唱。2019年5月、ペットライフのトータルコンサルタント会社「合同会社Always」を設立。2020年8月動物医療グリーフケアの商標登録完了。著書の「犬と私の交換日記」「猫と私の交換日記」にはハッピーライフのヒントとなるグリーフケアのエッセンスがいっぱい詰まっている。マレーシアと日本を毎月行き来しながら、待合室診療やカウンセリング、人材育成セミナーや講演活動、執筆にも力を注ぐ。全国を縦断し、動物医療グリーフケアを幅広く実践、個々に違うペットに対し「ペット主役」のオンリーワン医療を目指す。プライベートでは3人娘の母、犬1匹猫3匹と暮らす。
合同会社Always https://grief-care.net/
著書「犬と私の交換日記」(2020年11月発売)https://grief-care.net/media.html#nikki
目次
ペットロスを語るには、まずグリーフケアを知ろう
先生は、ペットと飼い主の心のケアをする「動物医療グリーフケア®」を考案し、実行されてきました。グリーフケアはペットロスのケアと何が違うのでしょうか?
グリーフとは、直訳すると悲嘆という意味です。何か大切なものを失ったとき、また、失うかもしれないと思ったときに起こる心と体の反応のことで、私はカウンセリングの勉強をする中でこの言葉に出会いました。人間は生きていく中で、「大切なものを失う経験」をたくさん重ねていきます。友達、恋人との別れや、引っ越し、病気などもグリーフ体験の1つです。そしてその中の1つがペットロス。大切な「うちの子」を亡くす経験になります。
グリーフケアは、言葉のとおり様々なグリーフをケアしていくことを指しますが、喪失後だけではなく、喪失前、「失うかもしれない」と感じたときや、普段の生活の中でできるケアであることが、ペットロスのケアとは大きく違います。
普段の生活の中でのグリーフケアとは、一体どのようなものなのでしょうか?
例えば、「あなた自身を元気づけてくれるもの」について考えてみましょう。ペットオーナーであれば、そこにペットの存在が入っているのではないでしょうか。
無条件であなた自身を愛してくれるペットの存在、たくさんの笑顔を与えてくれるペットライフそのものが、飼い主にとって大きな癒し、グリーフケアになっているのです。
一方で、当然ながら動物も、大切な何かを失ったときにグリーフを抱えます。例えば、初めて親から離れることは、彼らにとって大きなグリーフでしょう。きっと悲しくて怖いという気持ちを持ったはずです。その大きなグリーフをケアしたのは他でもない、飼い主の皆さんです。その子にとって、安心できる場所をつくり、安全基地となってペットたちの心を支えてきました。
人はペットによって、ありのままの自分を好きでいてくれる存在を手に入れ、心の安全基地を手に入れています。また、ペットは名前を呼ばれ、なでられ、毎日ごはんを食べてよく眠れる安心できる場所、安全基地を、飼い主によって手に入れているのです。
このように、飼い主とペットは普段の生活の中でともにグリーフケアをしてきた、かけがえのない存在だからこそ、失ったときに深いグリーフを抱えます。でもそれは、とても自然なこと。愛し、愛されていた証拠なのです。そのことをぜひ、忘れないでください。
最期まで「その子らしい」、ハッピーエンディングを
ペットロスに陥ることを防ぐ方法はないのでしょうか?
ペットロスは自然な心の動きであり、誰もが陥るものだと考えたほうがいいでしょう。ただ、その深さには個人差があります。長く深いペットロスを防ぐためのポイントは、生前のグリーフケアにあると私は考えています。
グリーフ(ペットロス)の心理過程
このように、心にはダメージから回復していくプロセスがあります。ⅠからⅣにどのくらいの時間がかかるかは人それぞれですが、最期の時間、看取りへの後悔や納得いかないことがあると、より大きな悲しみとなって、Ⅱの悲痛期が長引くことがあります。
つまり、病気や体調不良という大きなグリーフを抱えた「うちの子」にどう向き合っていくかが、深いペットロスを防ぐための最大の鍵だということ。ペットロスからの回復は、ペットの存在を忘れるということでは決してありません。「この子らしく生き抜けた」と思えるからこその立ち直りであり、一緒に大切な時間を過ごせたという事実があるからこその回復なのです。
この子らしく生き抜くために、飼い主は何をしてあげるべきなのでしょうか?
例えば病気になったとき、飼い主の皆さんは、何をしてあげたいと思いますか。ある猫の飼い主さんは、数日前から自分で水を飲みにいけなくなった猫ちゃんのために、「もう無理かな」と思いながらも、元気なときと同じように水を用意してあげていました。すると、亡くなる前に、最期に自分で力をふりしぼってその子は水を飲みに行ったそうです。その姿を見て、飼い主さんはとても感動し、私に連絡をくれました。私は「○○ちゃんらしいね、最期まで自分で水を飲みに行きたかったんだね。嬉しかっただろうね」と語り掛けました。
このようにその子らしい姿を見せてくれたのは、その子がその子らしく動ける環境を飼い主さんが用意していたからこそ。「できない」と諦めなかったからこそです。その子らしく過ごさせてあげることができれば、最期の時間は、飼い主にとっても、その子にとっても宝物のような時間になります。これが共有できれば、「ペットロスから回復できない」ということにはなりづらいのです。
ですので、まずは、今目の前にいる子をたっぷりとかわいがってあげてください。そして、その子らしく過ごせる毎日を守ってあげましょう。
いつか病気になってしまったり、年をとって思うように動けなくなったりしても、その子らしさを飼い主さんが理解してあげていれば、大丈夫。最期までその子らしく生き抜ける道を飼い主さんがしっかりと考え、選んであげることが、「うちの子」への最大のグリーフケアになり、飼い主にとっては、ペットロスを長引かせないための重要なポイントになります。
Q.1
ペットの持病が悪化して、手術を迫られています。ペットは高齢、負担はかけたくないものの、長生きをしてほしい……。治療するか、見守るか、どちらを選べばいいのでしょうか。
まずは、病気とその子のパーソナリティを切り離して考えてみましょう。その子は普段、どんな性格ですか? 物おじしないタイプ? 怖がりなタイプでしょうか。その子の性格と、その子の生きる力がどのくらいありそうかを考えた上で、選択をすることが大切です。怖がりの子であれば、手術や入院が大きなダメージになることもあり、その子のグリーフが和らぐようないろいろな工夫が必要になります。病気だけでなく、その子自身を見て、その子にとって何が幸せかを考えて選択してあげてください。飼い主さんがその子の幸せを考え抜いて出した選択であれば、その子も受け入れてくれるはずです。
Q.2
妻がペットを亡くして以降、何をしてもペットのことが思い出されるようで、塞ぎがちになってしまいました。どうすれば元気づけられるのか教えてほしいです。
まずは、寄り添うことが大切です。そして、「いつまでも落ち込んでいたらダメだ」と気持ちを否定しないでください。ここで重要なのは、塞ぎがちな気持ちをありのまま話すことのできる相手をつくること。それは旦那様でもいいですし、お友達でも、ホームドクターでも、私のようなカウンセラーでもOKです。話すことでずいぶん気持ちは落ち着くもの。話せる環境をつくってあげてみてください。
また、絶対にやってはならないのが「新たな出会いを強要すること」です。奥様が落ち込んでいる時間は、まだまだペットのことを愛している時間。それを邪魔してはいけません。ぜひ、一緒に「かわいかったね」、「悲しいね」とその思いを受け入れてあげてください。ときに、「元気になってほしい」という思いから新たな子、似た子を連れてきてしまう人がいるのですが、本人がウェルカムでないと、「この子じゃない」という感情が生まれ、その出会いは新たなグリーフになってしまいます。新たな出会いは本人のタイミングで。それを忘れないでください。
Q.3
ペットを亡くして数ヶ月。最期は毎日注射をしたり、無理やりでも投薬をしたりと、今思えばかわいそうなことをしたと感じています。ペットは幸せだったのだろうか。もっと別にやってあげられることがあったのではと後悔する毎日。いつかはこの悲しみを忘れられるのでしょうか。
亡くなった後の後悔は悲痛期で表れるグリーフの反応です。生前に戻りやり直しがきかないので、後悔をすべて取り去ることはできませんが、いろいろな後悔も「この子にもう一度会いたい」という心の叫びなのです。強い苦痛を感じる時間となりますが、その子の生きていた時間は、最期の時間だけではないはず。家に来た日、一緒に散歩した日々など、その子が生きた時間すべてを思い出してください。最期の時間は、その子の犬生・猫生における、ほんの少しの時間です。全体を通してみてみると、その子はきっと幸せだったのではないでしょうか? 元気に走り回っていたときのいい笑顔を思い出してください。それがその子らしい瞬間です。体調が悪くなってからではなく、その子らしく生きていた時間を思い出してみましょう。悲しみを否定せず受け入れつつ、楽しかったときの思い出と一緒に生きていくことを目指してみてください。
Q.4
もし、ペットが亡くなった後に新しい子を迎えるならば、どのようなタイミングで迎えるとよいのでしょうか? また、似ている子の方がより愛せるなど、アドバイスをいただけますか?
悲しみが深いとき、心理過程の悲痛期においては、新たな子を迎えるべきではないでしょう。②の質問への回答でも言ったとおり、悲しんでいる間は、その子のことを愛している時間。それを奪ってしまってはいけません。悲痛期の後半からだんだんと自然に出会いを求めてきたりするものです。その中で、きっと運命的な出会いをするはず。
「同じ犬種、猫種がいい」など様々な思いがあるかもしれませんが、頭ではなく心で感じる運命の出会いがいつかやってきます。「同じ黒いワンちゃんがいいな」と言いながら、全く違うタイプのワンちゃんを連れてこられたり、ときには猫ちゃんを飼われたという報告をうけたりします。ですので、運命的に出会うそのときを、自然体で待っているのが一番いいのではないでしょうか。
阿部 美奈子先生からのメッセージ
笑顔で過ごす「当たり前の日常」が、うちの子へのプレゼントに
これまでたくさんの飼い主さんとお話をしてきましたが、ハッピーエンディングを迎えられた方に共通しているのは、最期まで「ペットと一緒に幸せな時間を過ごそう」としていたことです。
ペットの病気が見つかったときに冷静でいられる方はほとんどいません。突然のことに動揺し、頭がまっしろになってしまうもの。その中で治療の選択をすることはとても難しいのですが、ぜひ「病気」を見るのではなく「その子」を見て選択をしてあげてください。動物たちは、どんなときもまっすぐに生きています。ありのままで生き抜く彼らにとって、一番の宝物は何かといえば、「飼い主と一緒に楽しい日々を最期まで送ること」なのです。
また、ペットにとって何より大切な「安全基地を守ること」も忘れないでくださいね。彼らの安全基地は今の暮らしの中にある、その子を取り巻く環境そのものです。ベッドや食べ物などもそうですが、大好きな飼い主さんが毎日悲しそうな顔をしていること、頭をなでて笑ってくれないこと、散歩に行っても楽しそうでないことは、彼らにとって大きなグリーフになってしまいます。もし病気になってしまっても、この「当たり前の日常」を大切にしてください。それが、その子への最高のプレゼントになります。そして、そのプレゼントを渡せたことが、飼い主にとってのこれからを生きる「お守り」になってくれます。
私は著書「犬と私の交換日記」の中で、「出会いのストーリー」、「このコと私がはじめてしたこと」、「このコの好き嫌い」、「私が思うこのコの魅力」などにまつわる50の質問を読者さんに投げかけています。それは、その子らしさを表す質問であり、その子と飼い主さんをハッピーエンディングに導くための質問です。
この本の最後の質問は「ハッピーエンディングを迎えるまでに、このコがしたいことは何でしょうか?」。大好きだった海に行く? 日向ぼっこする? 泥まみれになって遊ぶ? ふかふかのベッドでまどろむ? 皆さんもぜひ、「うちの子は何がやりたいかな?」と、その子ならではのウィッシュリストを作ってみましょう。それを叶えていく日々こそが、幸せなエンディングにつながるはずです。
皆さんのペットライフが幸せなものであるように。一人で抱え込まず、不安を打ち明けられる場所をつくっておいてくださいね。そして、今目の前にいる「うちの子」にしっかりと向き合い、一緒に楽しい毎日をつくっていってください。
出会えた幸運を“お守り”にして、「うちの子」に、ハッピーエンディングをプレゼントしましょう。