日本でも屈指の救命救急体制を整えるTRVA夜間救急動物医療センターの副院長・塗木貴臣先生にお話を聞く「ハグワン救急講座」。我が子に緊急事態が発生したときに、飼い主さんはどう判断して、どう動いたらいいのか。いざというときのノウハウをお届けします。第1回は緊急時のキホンとして、普段からできる準備、異変を示すサイン、獣医師とのコミュニケーションの取り方などを伺いました。
塗木 貴臣 先生
目次
いざというときの対応を左右するのは「普段の準備」
まず塗木先生に伺ったのは、救命救急が必要になる「前」の段階。我が子の様子が急変しても慌てず、スムーズに行動して適切な処置を受けられるように、ワンちゃんが普段元気なうちにできること、しておくべきことが大きく2つあるそうです。
「1つは、緊急事態が起きたときにどこで対応してもらえるのか、明確にしておくことが大事です。かかりつけの動物病院があれば相談して、どういう症状ならその病院で救急対応をしてもらえるのか、それとも最初から他の救急病院のような施設を利用すべきなのかを確認しておくと、緊急時でもスムーズな行動が取れるのではないでしょうか。」
かかりつけの病院も含め、緊急時に利用可能な救急の施設が近くにあるのかどうか、調べておくことがまずは大切ということですね。
「また盲点になりやすいのが、医療施設までの交通手段の確保ですね。特に深夜の場合は、公共交通機関は使えませんし、タクシーを呼んでもゴールデンレトリバーのような大型犬の場合は利用を断られるケースもあります。自家用車で運べるのか、ペットタクシーなど専門の移動手段を確保できるのか、これも事前に調べておきたいポイントです。」
移動手段はそのときにならないと気づきにくい落とし穴。近所に協力を頼めるご家族やご友人がいれば、前もってお願いしておくのも良いかもしれませんね。
もう1つできる事前準備は、健康状態や持病などワンちゃん自身の情報を把握しておくこと、と塗木先生は仰います。
「その子がどんな体質や持病を持っているのか、かかりつけの先生と話して把握しておくことが重要です。『この持病はこういう症状が出ると危ないサイン』など、ポイントを聞いておくだけでも万一のとき動きやすくなります。その子の<病名>や、服用している<薬の名前>、また検査履歴などがあると、救命救急のスタッフは非常に助かります。また、薬の名前は「心臓の薬」などではなく薬剤名がわかると、よりありがたいですね。これらの情報量次第で私たちの判断スピードや処置の精度が大きく変わってきますから。」
救命救急が必要な状況、特に重篤な場合は、何よりもスピードが大事。以上のような確認を普段から行っておくことで万が一への対応もスムーズになり、気持ちが動転しそうな中でも落ち着くきっかけになるかもしれません。
また「あまり想定したくないことではありますが」と塗木先生が語ってくれたもう1つの確認事項があります。
「状況によっては、どれだけ手を尽くしても命を救えるかどうか、という事態もやはり起こり得ます。万一のときに、どこまでの治療を望まれるのか。特に高齢の子の場合は、いざというときの方針をあらかじめご家族で話し合っておくことをおすすめします。」
これは人の「終活」と同じく、辛い側面もありますが、それでも必要なこと。我が子との関係を見つめ直す上でも、とても大切なことではないでしょうか。
事前準備
- 1. 緊急事態が起きたとき、どこで対応してもらえるのかを明確に。
- 2. 医療施設までの交通手段の確保。深夜や大型犬の場合も含めて、調べておく。
- 3. 健康状態や持病(病名・薬の名前・検査履歴)などの情報を確認。
- 4. いざというときの方針をご家族で話し合っておく。
救急対応が必要と考えられる代表的なサイン
ワンちゃんの体調に異変が起きていることにいち早く気づくことは、救急対応にとって重要なこと。しかし、見落としてしまいやすいポイントや、おかしいと感じても救急病院に行く必要があるレベルなのか、判断に迷うこともあるかと思います。そうしたときに、1つの目安になる代表的なサインを塗木先生に伺いました。
「私たち獣医師やスタッフが動物の緊急性を判断するために、『最初に見るポイント』があります。これは『生きるための体のメカニズム』が何かしら狂っていることを示すサインで、1つでも当てはまるものがあれば、何の病気が原因であれ、救急対応が必要と考えます。飼い主さんからお問い合わせをいただくときも、電話口でまずこれらの項目をお聞きします。ぜひ知っておいてほしいポイントですね。」
サインは、危険度・緊急度の高い順に以下の1~5があるとのことです。
- 1. 立てるか、歩けるか
最初の分かれ道となるポイント。まず「立つ」「歩く」ができなくなっていれば、原因はともかく何らかの重篤な問題を抱えていると考えるべき。
- 2. 呼吸がおかしい
息を吸うとき、吐くときに異音がする、苦しそう、といった異変。また「舌が紫色になっている」などが見られるときは呼吸器系の問題が疑われる。
- 3. 歯ぐきの色が真っ白
歯ぐきなど、粘膜が真っ白になっているのは「血の気が引いている」サイン。お腹の中で大量の内出血があるなど、循環器系の問題の可能性がある。
- 4. 挙動の異変
ふらつきがある、一瞬動かなくなるときがある、または発作を起こしているなど、挙動の様子に異変があるときは脳神経系の問題の恐れがある。
- 5. 見た目でわかる違和感
明らかにぐったりとしている、大きなケガをしている、また体が冷たい/熱いといった体の外に現れる変化も健康状態の悪化を示すサインになる。
救急時、獣医師とのコミュニケーションで気をつけること
ワンちゃんは自分で自分の状態を説明できないので、飼い主さんの言葉を通して伝えるしかありません。しかし救急病院に電話をするときや、現地で獣医の問診を受ける際に、「何を伝えたらいいのか」「伝え切れていない大事なことがあるんじゃないか」と不安になる方も多いはず。そこで塗木先生から、緊急時の動物病院スタッフとのコミュニケーションの取り方についてアドバイスをいただきました。
「私たちの病院では、必要なことは基本的に医師やスタッフの方からお聞きします。その際は、なるべく『Yes/No』で答えられる簡潔な形で質問します。当面の処置を速く正確に行うために『必要な情報』を『優先度の高い順に』確認するためです。飼い主さんの中には、『我が子について知っていることは全部伝えた方が良いのでは』と考える方もいらっしゃると思いますが、緊急時は、こちらの質問に落ち着いて一つずつお答えいただくのが一番スムーズです。」
質問に答えていくときには、何よりも「必要な情報」を正確に獣医師に伝えることが大事とのこと。
「たとえばワンちゃんが異物を誤飲してしまったら、飲み込んだものと同じものを持って来ていただくのがベストです。それが無理でも、正確なサイズを教えてもらえるだけでも助かります。誤飲したのがチョコレートであれば、商品名を知らせていただければインターネットで調べて大きさや成分を把握できます。些末なことのようですが、そうした細かい情報が迅速な治療に直結します。」
いつからどのような症状があるのか、その直前はどのような状況だったのか、飲むべき薬は飲めたのかどうか、などを伝えてほしいとのこと。「こんなことを言ったら怒られるんじゃないか」「ちょっと恥ずかしい」といった内容もあるかもしれませんが、塗木先生曰く「こちらとしては何でも教えてくれるだけありがたいです」ということなので、隠さず正しく伝えるのが、飼い主さん・ワンちゃん・先生たちの皆にとって良い方向につながるということですね。我が子の命を救うには、何より情報の正確性が大切です。
緊急時のコミュニケーション
- 1. 獣医師やスタッフの方からの質問に落ち着いて一つずつ答える。
- 2. 我が子のことをいきなり全て伝えず、そのときに必要な情報を端的に伝える。
- 3. 場所、時間、状況などためらわずに伝えることが獣医師の正しい判断につながる。
ちょっとの異変もあなどらず救急を頼ってください
最後に、塗木先生から飼い主さんへのメッセージをいただきました。
次回「ハグワン救急講座②」では、具体的な症例別の救急対応ガイドとして、「熱中症」「外傷(ケガ)」のポイントとノウハウを引き続き塗木先生に伺います。