愛猫が顔まわりをかゆがっている、下痢や嘔吐が増えた、毛づやが悪くなった……。そんなつらそうな症状が続く場合、「食物アレルギー」が潜んでいる可能性があります。「ひだまり動物病院」で皮膚科専門担当医を務める伊佐桃子先生に、気づきにくい猫の食物アレルギーの原因や治療法、飼い主さんができる対策をうかがいました。
伊佐 桃子 先生
※伊佐先生は2024年11月末から産休に入られています。
ひだまり動物病院
目次
猫の食物アレルギーはどんな病気?
しくみから原因を学ぶ
猫の食物アレルギーは
どのようなしくみで起きるのでしょうか。
体にはもともと免疫という、ウイルスや細菌などの異物を攻撃する働きがあります。その免疫が本来、異物として攻撃しなくても良いはずの食べ物に対して働いてしまうのが食物アレルギーです。食物アレルギーでは今までに食べたことのあるものに対してアレルギーを獲得しますが、その食べ物を口から食べた経験がなくても、空気中に舞う食べ物の粉や成分に対してもアレルギーを獲得する可能性があるともいわれています。
猫の食物アレルギーの
原因になる食べ物の種類は?
おもにタンパク質に反応するといわれています。タンパク質というと、鶏肉や豚肉、牛肉などをイメージされるかと思いますが、大豆やトウモロコシ、米などの穀類や野菜、果物などにも含まれているので、口に入るすべての食べ物が食物アレルギーの原因になりうると考えてもいいでしょう。
日本以外の国も含むデータとはなりますが、猫では牛肉、魚、鶏が食物アレルギーの原因となることが多いという報告があります。ただ食生活は国によって異なり、日本だと猫は魚をよく食べるので、日本だけでデータをとるとまた違ってくるかもしれませんね。また、アレルギーには「交差反応」があり、例えば牛肉とラム肉は、タンパク質の構造が似ているので、牛肉アレルギーであれば初めてラム肉を与えた際にも同じように症状が出ることがあります。
猫の食物アレルギーの症状は
皮膚のかゆみのほか、消化器症状にも現れる
猫の食物アレルギーの症状について詳しく教えてください。
私は皮膚科担当ということもあり、皮膚症状で来院されることが多いですが、食物アレルギーでは皮膚症状と消化器症状が出やすいです。軽度であれば毛が何となく薄い、よく毛玉を吐くようになった、便に毛が多量に混じるという症状が出ます。重度になると、掻きこわすまでひっかいてしまい顔が血まみれになることもあります。
猫にはザラザラした舌と鋭い爪があるので、ちょっとなめたりかいたりしただけでも毛が折れて抜けてしまったり、皮膚が傷ついて出血しやすく、痛々しい見た目になってしまいます。 消化器症状は下痢や嘔吐が出ることが多く、眼の症状も併発することがあります。皮膚症状が出ている場合は28~55%が下痢、29~52%が嘔吐、3~22%が結膜炎を併発するという報告があります。
消化器症状の中でも軽度なものは飼い主さんが認識できていないこともあります。うんちを取った時に猫砂につく程度でも、注意が必要なことがあります。人の食物アレルギーでは、蕁麻疹が出たりアナフィラキシーを起こしたりと命に関わる重篤な症状が出ることが多いのですが、猫ではそのような症状を起こすことは少ないので小さな変化にも注意が必要です。
皮膚症状のチェックポイント
頭や首、おなかなどの毛が少ないところをなめたりかいたりしていたらかゆみのサイン。
- □ 顔まわり
- □ 首まわり
- □ 毛が薄いところ
眼症状のチェックポイント
猫の食物アレルギーは結膜炎を併発することがある。目の異変にも注意が必要。
- □ 目が開きづらい
- □ 涙や目やにが増える
- □ 充血している
消化器症状のチェックポイント
毎日のように見ていると「うちの猫はこれが普通」と思いがちだが、じつは不調の現れかも。/span>
- □ おならがくさい、回数が多い
- □ しぶり(うんちを出そうとするが出ない、少量しか出ない)
- □ 軟便(少し柔らかい程度でも注意)
- □ 下痢(水のようなうんち)
- □ 嘔吐
飼い主さんが愛猫の症状に
早く気づくためのアドバイスをお願いします。
猫はかゆみだけでなく痛み、違和感、ストレスなどでも体をなめたり毛づくろいをするので、「かゆがっている」という症状をみつけるのが難しいですよね。毛づくろいが増えるとストレスと診断されることもありますが、実は食物アレルギーが原因だったということもあります。症状がでる場所でいうと、特に頭や首などの顔まわりをよくかいている猫の12%が食物アレルギーだったという報告があるので、顔まわりの症状がある場合は気にする病気のひとつに食物アレルギーを加えてほしいですね。
猫が体を過剰になめると、ざらざらした舌やするどい歯で毛をなめたり噛んだりするので毛が折れて、毛づやが悪くなってきます。ご家族に隠れて体をなめたり毛づくろいをする猫では、毛づやをチェックしてもらうと良いと思います。
それに加えて、皮膚症状と併発することのある嘔吐や下痢、結膜炎の症状を見逃さないようにしてほしいです。猫アトピー性皮膚症候群の猫も食物アレルギーのリスクがあるので、今まで食べたことのない食事やおやつを与えた場合はこれらの症状が出ないかどうか注意してください。
※本記事では、猫アトピー性皮膚症候群(Feline atopic skin syndrome)はダニ、花粉、カビなどの環境アレルゲンに対するアレルギー、食物アレルギーは食べ物に対するアレルギーとしています。
猫の食物アレルギーは「除去食試験」と
「負荷試験」で診断を下して治療へ
猫の食物アレルギーにはどのような検査方法があるのでしょうか。
猫食物アレルギーを診断するには、除去食試験と負荷試験を行う必要があります。除去食試験以外の血液検査や毛髪・唾液などの検査では、食物アレルギーを「診断」することはできませんまた、除去食試験に使う食事を選ぶ際に、血液検査を補助的に使用することはあります。血液検査を行って、陰性の食材から食事を選んでいくというやり方です。血液検査で陽性が出た食材でも実際に食べると問題がなかったということもあるので、血液検査結果に振り回されないようにしてほしいですね。
では、食物アレルギーの診断から治療の流れを教えてください。
かゆみや皮膚の異常がある場合、まずは食物アレルギーと症状が似ている病気を除外していきます。それから食物アレルギーの原因となっている食べ物を「除去食試験」と「負荷試験」のセットで特定します。
(1)食物アレルギーと似ている病気を除外する
猫では、アレルギーや感染症などの皮膚の病気だけでなく、下部尿路疾患や関節炎などの病気も除外していく必要があります。
(2)除去食試験と負荷試験で原因を特定し、その後食べられるものを探していく
猫まずは除去食試験を行います。今のかゆみが食物アレルギーによって起こっているのであれば、少なくとも今食べている物の中に原因があるはずなので、それを除いた食事を食べてもらいます。
除去食試験で症状が良くなった後に、以前与えていた食事や元の食事に含まれる原材料を食べて、症状が出るかどうか確認することを負荷試験といいますが、負荷試験で同じ症状が出た場合、食物アレルギーですねと診断することができます。猫では除去食試験の期間は6週間が一般的です。
基本的には除去食試験には総合栄養食のキャットフードを使用します。手作り食は栄養バランスと調理の手間を考えると、実際に行うことは少ないですね。動物病院で処方する療法食をどうしても食べてくれないグルメな子では、市販の食事で除去食試験を行うこともあります。
食物アレルギーの症状が出ない食事を見つけたあとも、負荷試験の継続をおすすめしています。いろいろな物を食べられたほうが食事の幅が広がって楽しいですよね。負荷試験は1週間行うので、1週間おきに1つの食材を試して症状の有無をチェックし、症状が出なければその食材は大丈夫と判断します。
除去食に使う食事選びのポイントは?
除去食試験では今までにその子が食べたことのないタンパク質でできた食事を使用したいので、問診票を使って今まで食べたことのある食事だけでなく、おやつやおもちゃなどについても聞き取り、ここから新奇タンパク(今までに口にしたことのないタンパク)の食事を選んでいきます。薬やサプリメントにも、風味をつけたり美味しくするために牛肉や大豆などが使われていることもあるので注意する必要があります。加水分解された原材料もありますが、例えば鶏の加水分解物であればそれは鶏のタンパクと考えて、除去食試験には新奇タンパクを優先することが多いです。
【株式会社EDUWARD Press制作 雑誌「as ※現、動物看護」付録】
除去食試験期間中の注意点はありますか?
除去食試験中は決められた食事とお水以外は与えないことですね。前述したように、おやつや薬、サプリメント、野菜や果物、おもちゃなどでも症状が出る可能性があるので注意してください。ただ、除去食試験に使用している食事に使われている原材料であれば、トッピングとして使用できるので、それは獣医師に相談してください。もし除去食試験期間中にうっかり別のものをあげてしまったときは、食べてしまったものと、その後の皮膚やうんちの状態を記録しておき、再診の時に獣医師に伝えてください。
猫の食物アレルギーを薬で治療する方法はありますか?
その子の症状が食物アレルギーだけで起こっているのであれば、原因となる食材を除いた食事に変えれば症状がおさまるので、除去食試験と負荷試験で食べられるものを見つけて増やしていくのが治療になります。ただし、食物アレルギーの猫では猫アトピー性皮膚症候群を併発していることもあるので、その場合には飲み薬や注射、外用薬などを使います。その場合は症状、猫の性格、飼い主さんの生活スタイルによってオーダーメイドの治療を行います。
猫の食物アレルギーに対して
飼い主が愛猫のためにできることをアドバイス
飼い主さんが自宅でチェックするポイントを教えてください。
新しい食材を与える際には、以前症状が出たところに同じ症状が出ないかどうか定期的に確認してください。症状が出た時のことを考えて、症状をおさえる薬が手元にある状態で、午前中に与えてみる方が安心ですね。また、市販されているものは記載されている原材料以外の成分も混入している可能性があるので、与える際は注意してください。
アレルギーを起こすとわかっていても、
愛猫が大好きなおやつがあります。
誕生日にそのおやつをあげても大丈夫ですか?
食物アレルギーとわかっていても記念日くらいは……という気持ちはわかります。私からお勧めするわけではありませんが、その食材を与えた時に出る症状が軽度なのであれば、症状をおさえる薬が手元にあるのを確認した上で、ほんの少しなら良いですよ、ということも正直あります。
伊佐先生からのメッセージ
飼い主の希望に応じた治療を提案できる皮膚科に相談しよう
私が皮膚科で師事している先生の言葉なのですが、「皮膚病の治療に正解はない」という言葉をいつも心がけています。その猫の皮膚病の治療としてはベストなものだったとしても、費用や考え方、猫の性格などによって、それがご家族にフィットしないこともあるので、その子その子に合わせたオーダーメイドの治療ができるよう心がけています。もし今動物病院に通院されていて、「治療がうまくいかない」「薬を減らしたい」「費用を抑えたい」「猫が投薬を嫌がる」と思われた時は、皮膚科が得意な獣医師に頼ってみるというのも選択肢に入れてくださいね。
食物アレルギーはごはんさえコントロールできればQOL(生活の質)が上がるので、ご家族が愛猫のために頑張れる病気です。今回の記事が悩んでいる飼い主さんのお役に立てば嬉しいなと思います。
取材にご協力いただいた病院
大阪府立大学獣医学科卒業後、大阪府高石市で全科を診る獣医師として勤務し、現在はひだまり動物病院で犬猫の皮膚科担当医として勤務。福井県の動物病院でも月に一度皮膚科診療を行っている(※)。皮膚科は犬猫の日常生活を把握するための飼い主への問診が重要であることから「話す科」ともいわれているため、治療を成功へ導くためのコミュニケーションにも注力している。皮膚疾患は長期間治療を行っていくことも多いため、薬をなるべく使わない治療法(減感作療法や食事療法)や、飼い主と犬猫の生活スタイルに合うオーダーメイドの治療を提案している。※伊佐先生は2024年11月末から産休に入られています。