猫は人間と同じように生活習慣病の「糖尿病」を発症します。原因になる肥満や運動不足を解消して予防に努めるとともに、早期発見に備えて日々の健康チェックを心がけることが重要です。今回の「Vet's Advice! 猫の糖尿病」では、佐藤先生が症状の見分け方や長生きを目指す治療法を解説します。
佐藤 雅彦 先生
どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター
目次
猫によく見られる糖尿病は
インスリンが働かない「2型糖尿病」
猫の糖尿病について教えてください。
人間の糖尿病とは違いがあるのでしょうか?
まずは糖尿病を理解するために種類や原因を知っておきましょう。生き物は炭水化物を「糖(ブドウ糖/グルコース)」に分解して吸収し、血液中の糖を細胞が取り込んで体を動かすエネルギー源として利用しています。血液中を流れる糖を細胞に取り込ませる働きを担っているのが、膵臓で作られる「インスリン」というホルモンです。血液中の糖が増えすぎないように調節する役割もあります。
インスリンが十分に作られない場合や、インスリンの効きが悪い(うまく働かなくなくて糖を取り込めない)場合、糖を体内でエネルギー源として活用できず、血液に糖が増えすぎて「高血糖」の状態になります。増えすぎた糖が尿に混ざって出てくるので糖尿病といわれるわけですね。猫はインスリンの効きが悪い「2型糖尿病」が大半を占めます。
- 1型糖尿病:インスリンが作られない(インスリン分泌低下)
膵臓の機能が低下してインスリンが十分に作られなくなる。猫の糖尿病では非常に少なく、人間でも1割程度と少ない。猫が発症する原因はわかっていない(人間は自己免疫疾患といわれる)。 - 2型糖尿病:インスリンの効きが悪い(インスリン抵抗性)
インスリンはある程度作られているが、糖を細胞に取り込ませる働きが十分にできない。猫の糖尿病で多く、人間でも9割を占める。生活習慣病(肥満や食生活の乱れ)が原因になる。経過と共にインスリン分泌量も低下してくる。
早期発見に役立つ糖尿病の症状は?
糖尿病の代表的な症状は「多飲多尿」です。本来、血液中から尿に移行した糖は全て、腎臓の働きにより再吸収され尿中に糖は検出されません。腎臓が再吸収できないほどの高血糖になると尿中に糖が検出されるようになります。尿中に糖があることにより水分の再吸収も阻害されるため、尿の量や回数がとても増えます。すると体内の水分が足りなくなるので、水を飲む量や回数も増えます。「水をたくさん飲んだからおしっこが増えた」と勘違いする人もいますが、糖尿病の場合は、失われた水分を補給するために飲んでいるわけです。
「食欲亢進(多食)」と「体重減少」も知っておきたい症状です。糖が細胞に十分に取り込まれないので、体はエネルギー不足と認識し食欲を亢進させる一方、相変わらず糖は細胞に取り込まれず、エネルギー不足により体重が減るという矛盾が特徴です。これらの症状に気づいたらすみやかに動物病院を受診してください。
糖尿病が疑われる3つの症状
- ①多飲多尿
飲水量は朝(猫が水を飲む前)ボウルに多めに水を入れて量り、翌朝(猫が水を飲む前)に残りを量って計算する。
健康な猫の一日の飲水量の目安:1kg×50ml以下(3 kgで大体150mL以下) - ②食欲亢進(多食)
食事量を変えていないのに催促するようになる(一時的に体重が増えるケースもある)。 - ③体重減少
食事量が増えても徐々に痩せる(糖を取り込んでエネルギーとして利用できないため)。
愛猫が糖尿病と診断されました。
合併症のことを考えると余命が心配です。
糖尿病の合併症の一つは、糖が増えすぎた血液が血管を傷つけ、全身のあちらこちらに血管障害を引き起こすことが知られています。人間では治療が数十年に及ぶため血管障害の合併症が起きるリスクが高まりますが、猫は血管障害が起きる前に寿命を迎える場合が多く、合併症や「糖尿病ケトアシドーシス(危篤の状態)」を過剰に恐れることはありません。
糖尿病の猫が注意したい合併症を伝えるとすれば、「膵炎」「膀胱炎」「腎盂腎炎」などです。高血糖の状態が長く続くと「末梢神経障害」が起き、足をうまく動かせずかかとをつけて歩くような症状が出ることも。糖尿病性ケトアシドーシスは、糖尿病の末期というよりプラスアルファの要素が重なって起きるので、糖尿病の治療を行うとともに小さな異変を見逃さないことが重要です。もし猫がぐったりしていたら命に関わるのですぐ動物病院に連れて来てください。
糖尿病はインスリンを補給する治療で
寿命をまっとうできる可能性が高い
動物病院ではどのような検査で
糖尿病と診断するのでしょうか?
血液検査と尿検査をセットで行います。血液中の糖の濃度を示す「血糖値」と、尿中の糖の濃度を示す「尿糖」がどちらも高ければ糖尿病と診断します。その他の検査としてフルクトサミンや糖化ヘモグロビンといった、過去2~3週間程度の血糖値を反映する指標の検査を行うこともあります。
猫も人間もストレスを感じると糖を増やすホルモンが分泌されますが、猫は血糖値が一気に高くなるのが特徴です。たんぱく質が主体の肉食性の猫は、雑食性の人間や犬に比べて糖の処理能力がちょっと弱いからでしょう。血糖値が高くても尿糖は出ないこともあるので、猫の場合は必ずセットで検査することが重要ですね。
糖尿病の治療はずっと続けるべき?
方法について詳しく教えてください。
猫の糖尿病の治療は、インスリンを投与して血糖値を下げる方法が中心でしたが、新たに経口薬が登場しました(※2024の9月ごろから日本でも開始)。どちらも多飲多尿や食欲亢進、体重減少などの症状を改善できるので、治療の選択肢が広がりましたね。
最初はインスリンの量を調節するために1~2週間に1回の検査でモニタリングを行い、適量が決まったら、基本的に1日2回インスリンを投与します。経口薬の場合は1日1回の投与になります。。猫の本来の食生活(単独で小さい獲物を捕らえて、1日に複数回食べる)に合わせて、1日かけてじわじわ効く長時間作用型のインスリンを選びます。治療と並行して肥満や運動不足を解消することも必要です。
あとは飼い主さんが自宅で定期的に飲水量や食事量、体重を記録し、安定していれば動物病院では3~6カ月に1回程度の定期検診を行います。人間のように血糖値に常にモニタリングしたり血管障害のリスクを考慮したりする必要がなく、猫と飼い主さんのQOL(生活の質)の維持に注力できる病気とも言えます。2型糖尿病の場合は、インスリン治療により高血糖の状態を脱すると膵臓の機能が回復してくるので、その後インスリンを投与しなくても血糖値を維持できるようになるケースもあります。
猫の糖尿病は生活習慣で予防できる
食事と体重の管理で健康を維持しよう
糖尿病になりやすい猫は?
特徴や年齢も知っておきたいと思います。
猫に多い2型糖尿病は、人間と同じく肥満や運動不足が発症のリスクになる生活習慣病です。実際に太りぎみの猫や室内飼いであまり動かない猫は、糖尿病を発症しやすいこともわかっています。予防できる病気と考えて、おやつを控えて体を動かす時間を増やすことから始めましょう。中高齢から発症が増えるので、7歳ごろから自宅での健康チェックの一環で飲水量や体重管理を心がけましょう。
海外の研究では純血種より雑種、ショートヘアよりロングヘアのほうが発症しやすいと指摘されていて、遺伝的な背景も関与していると考えらえますが、、いずれにせよ、生活習慣を改善することは重要です。
猫の糖尿病を予防する方法はありますか?
猫に多い2型糖尿病は人間と同じく生活習慣病のひとつ。肥満や運動不足、栄養の偏りに加えて、遺伝的に発症リスクが高くなる要因をもっている可能性もあります。確実に予防するのは難しいかもしれませんが、生活習慣を変えるだけでも発症リスクを減らせる可能性があることを伝えたいですね。
佐藤先生からのメッセージ
猫の糖尿病は健康チェックで早期発見
糖尿病は予防が難しいからこそ、飼い主さんの健康チェックで早期発見を目指しましょう。多飲多尿、食欲亢進(多食)、体重減少、この3つの症状を見逃さないこと。猫に多い2型糖尿病は、インスリンで血糖値をコントロールできれば、今までどおりの日常生活を送りながら長生きできる病気です。獣医師として飼い主さんが愛猫の治療に前向きに取り組めるように支えていきたいと思います。