慢性腎臓病はさまざまな合併症を招く病気です。その一つが赤血球の産生を促進するホルモンが不足して貧血になる「腎性貧血」です。放置すれば命に関わるため、早期発見・早期治療が重要です。今回の「Vet's Advice! 猫の腎性貧血【検査編】」では、平野先生に腎性貧血の診断に必要な検査や治療法、飼い主ができるケアを解説します。
平野 太陽 先生
右京動物病院OIKE:HP
右京動物病院OIKE:Instagram
平野 太陽先生:Instagram
目次
慢性腎臓病の猫が発症しやすい
腎性貧血の早期発見・早期治療に尽くす
愛猫が「腎性貧血」と診断されました。
慢性腎臓病の合併症らしいのですが……。
腎性貧血は慢性腎臓病に由来する合併症です。腎臓は赤血球の産生を促進するホルモン「エリスロポエチン」を分泌していますが、慢性腎臓病が進行すると「エリスロポエチン」の分泌量が減り、赤血球の産生量が減って貧血になってしまいます。慢性腎臓病の猫が発症する割合は32~65%(参考値)※といわれ、注意が必要な合併症です。ただし、貧血はさまざまな病気で起きるうえ、原因によって治療法が変わります。
※「日本獣医腎泌尿器学会誌」参照
知っておきたい貧血の種類と原因
- ・腎性貧血(エリスロポエチンの不足)
- ・鉄欠乏性貧血(鉄の不足)
- ・消化管内の出血による貧血(たとえば胃腸障害)
- ・慢性炎症による赤血球の産生の低下による貧血(たとえば口内炎)
- ・頻回な採血による貧血
慢性腎臓病だから腎性貧血とは
限らないのでしょうか。
そもそも血液検査でBUNとクレアチニン(Cre)の数値が上がっているから単に慢性腎臓病、と診断されているケースが多いのではないでしょうか。同じように数値が上昇する病気には尿管結石、腎臓がん、リンパ腫などがあり、治療がまったく異なります。猫だから、高齢だから、数値が上昇しているから……という先入観ではなく、尿検査や超音波検査などの必要な検査を行ってはじめて慢性腎臓病という診断ができると考えています。
貧血も同様で、慢性腎臓病の猫が貧血だから腎性貧血だと決めつけず、起きている原因を探る必要があります。血液検査でわかるのは結果だけ。なぜ起こっているのかという原因は、超音波検査などの画像検査や、細胞を病変部から採取して病理診断で突き詰めていかないとわかりません。
ニャるほど!深掘アドバイス
血液検査のしすぎが貧血を招く
慢性腎臓病の猫の飼い主さんの中には、BUNとクレアチニンの数値が気になって毎週のように血液検査を希望する方もいます。しかし2kg台までやせた猫から頻繁に採血したら、貧血が悪化してしまいますよね。当院での再診頻度は、ステージ1~2が3カ月に1回、ステージ3が2カ月の1回、ステージ4は1カ月に1回を目安にしています。慢性腎臓病は腎臓の機能が日に日に低下していく病気で、今日より明日のほうが確実に機能は低下します。この事実を念頭におくならば、血液検査の結果で一喜一憂することはナンセンスかもしれません。猫が元気で過ごしているのに数値を見て落ち込む理由はありません。僕は検査よりも愛猫の日常の姿を見て判断してほしいと思っています。
腎性貧血に加えて高血圧の検査も
したほうがいいと聞きました。
血圧の検査は必ず実施しましょう。高血圧症は慢性腎臓病の悪化因子です。その背景にはホルモン病が隠れていることも。慢性腎臓病に加えて心筋症も併発している場合もあり、これを知らずに点滴治療を開始すると命を危険にさらすことになります。ただし院内では緊張により血圧が高くなりがちです。複数回にわたる血圧検査を実施の上判断しましょう。
腎性貧血と確定したら
どのような治療をすることになりますか?
腎性貧血はエリスロポエチンを用いた投薬療法が基本です。長らく人間用の薬しかなかったのですが、最近になって猫専用のお薬ができました。従来の治療法より注射の頻度を減らせるようになったので、通院による猫のストレスを心配する飼い主さんも治療を続けやすくなりました。薬剤耐性ができて効かなくなる事がないのも、従来の治療薬にはない大きなメリットですね。また同時に鉄剤の投与を検討する場合もあります。血液中の鉄濃度も計測できるので、主治医の先生と相談の上実施してください。
また血液検査の値が高いからと言って全てが点滴の適応になるわけではなく、むしろ点滴が必要な子はほんの一部です。脱水状況など、本人の様子を主治医にしっかりとみてもらい、必要最低限の治療を受けてください。慢性腎臓病は治ることはありません。一生付き合っていく病気だからこそ、治療を無理なく続けることが大切なんです。また腎性貧血には輸血を推奨していません。腎性貧血はゆっくり進行するため体が慣れて順応するということ、1度輸血してもその後貧血を繰り返すということがその理由です。もちろん輸血そのものによるリスクもあります。また限りある血液は治る可能性のある病気やけがに使いたいという思いがあります。冷たい言い方かもしれませんが血液も命の一部です。ご理解いただければと思います。
セカンドオピニオンを検討中です。
慢性腎臓病や腎性貧血に詳しい先生の探し方は?
慢性腎臓病を含むおしっこの病気については、かかりつけの先生から腎泌尿器認定医への紹介を頼むのも一案です。詳しい相談ができる目安になると思います。そもそも僕が腎泌尿器認定医を取得しようと思ったきっかけは、飼い主さんに信頼していただきたいという思いから。知識と技術の両面に説得力をもたせたいと思い、腹腔鏡手術の器具で折り鶴の技術を競う大会にも出場して優勝しました。
腹腔鏡手術は、体に5mm前後の小さい穴を開けて管子などの器具を入れて行います。非常に繊細な技術が必要だからこそ、1円玉より小さい鶴を折ることが練習になるわけです。院内には私が練習で折った鶴を自由に持ち帰れるように置いてあります。
動物病院に連れて行くとストレスになりそう。
落ち着いて受診する方法は?
僕は猫が慣れやすい雰囲気作りを大切にしています。たとえば猫をキャリーから出す前に飼い主さんと会話すると、家族の打ち解けた雰囲気を察して安心することもあるんです。飼い主さんがいたほうが落ち着くタイプであれば、検査のときも付き添いをお願いしていますね。かかりつけの獣医師に相談してみるのも一案です。
当院は「病院らしさ」を極力なくしています。動物病院のにおいや雰囲気も緊張を助長するのではないかと思い、消臭に気を使い、待合室から診察室へ自然につながるように床の色や素材も統一しています。待合室を電球色、診察室を電球色と昼白色、検査室などを昼光色※にして、さりげなくグラデーションにしているのもこだわりです。
※電球色=暖かみのあるオレンジ色、昼白色=自然光に近い色、昼光色=青白く明るい色
猫に薬を飲ませるのが大変で困っています。
闘病を支えるための心がまえを教えてください。
飼い主さんが幸せでいることです!「伴侶動物」である猫の究極の存在意義は人間を幸せにすることで、それには猫も幸せでいる必要があると考えています。薬を飲ませたりおやつを制限したりして猫と仲が悪くなってしまうくらいなら、僕は無理強いしなくていいと思っています。
ただ、脱水は慢性腎臓病や腎性貧血を悪化させるトリガーになるので、いつでも水分補給ができるように水入れを複数個置いてください。陶器製の浅めのうつわや自動給水器を好むといわれています。関節炎の痛みで水場まで行くのが億劫になっているケースもあるため、獣医師に相談して関節炎治療をするのも一案です。飼い主さんは愛猫のためにしてあげたいことをし、それをエビデンスに基づく治療に変えていくのが獣医師の役割です。
平野先生からのメッセージ
病気のことは信頼できる獣医師に任せて!
慢性腎臓病は治らない病気ですが、診断や治療のガイドラインが明確に決まっていて、リスクの高い治療も基本的にありません。信頼できる獣医師に任せていただければ、猫のQOLを向上・維持ができ、飼い主さんも悩むこともなく愛猫のために時間を使えます。血液検査の結果は獣医師が気にすればいいことなので、数値に一喜一憂しない!穏やかな心のもちようが一番大事ではないでしょうか。