考えたくないことですが、いつかは愛する動物との別れがあります。飼い主さんにとってどれほど大切な存在であっても、周りには亡くしたペットロス(ペットグリーフ/ペットを亡くした悲嘆)を理解されないことも少なくありません。今回は「動物医療グリーフケア®」を提唱する阿部美奈子先生と、家族の一員としてのペットの供養を考える證大寺住職井上城治さん、スタッフのみなさんにペットロスの駆け込み寺となる「ホーム寺」の取り組みをうかがいました。
阿部 美奈子先生
ペットと人の心を元気にする獣医師。「ペットと人のハッピーライフを出会いからエンディングまで」を合言葉に、「待合室診療」というこれまでにない診療スタイルを発掘、自らが構築した動物医療グリーフケアを展開している。動物医療でのグリーフケアはペットや飼い主だけではなく、命に向き合う医療者にとって重要な視点となる。ペットロス以前の「ペットが生きている間に取り入れるグリーフケア」の大切さを提唱。2019年5月、ペットライフのトータルコンサルタント会社「合同会社Always」を設立。2020年8月動物医療グリーフケアの商標登録完了。著書の「犬と私の交換日記」「猫と私の交換日記」にはハッピーライフのヒントとなるグリーフケアのエッセンスがいっぱい詰まっている。マレーシアと日本を毎月行き来しながら、待合室診療やカウンセリング、人材育成セミナーや講演活動、執筆にも力を注ぐ。全国を縦断し、動物医療グリーフケアを幅広く実践、個々に違うペットに対し「ペット主役」のオンリーワン医療を目指す。プライベートでは3人娘の母、犬1匹猫3匹と暮らす。
合同会社Always:
https://grief-care.net
著書「犬と私の交換日記」(2020年11月発売)猫と私の交換日記(2023年1月25日発売):
https://grief-care.net/media.html#nikki
井上 城治さん
證大寺の発祥は承和2年(西暦835年)大宰府(現福岡県)に建立された日本最古の看取り施設「続命院」に由来する。ご本尊である阿弥陀如来は医師、薬師如来は薬剤師、観世音菩薩は看護師としての役割。幼少時に秋田犬に命を救われ、愛犬(フレンチ・ブルドッグ)の死をきっかけにペットグリーフケアへの取り組みを始める。現在は保護猫など5匹と生活をしている。
證大寺:
03-3653-4499 東京都江戸川区春江町4-23-1 https://shoudaiji.or.jp/
目次
愛犬を家族として弔いたい思いが、お寺でのペットロスを考えるきっかけに
(以下、井上)
證大寺ではペットと一緒に入れるお墓をつくり、ペット供養にも真剣に取り組み、ペットロスグリーフケア「安堵の会」を開いています。実は亡くなった愛犬の火葬を頼んだときに家族として扱われないことにショックを受けて、ペットと丁寧に向き合える場をつくりたいという思いで始めました。今回はご縁があったペットグリーフの第一人者の阿部先生にぜひ教わりたいと思っています。
(以下、阿部)
私が「動物医療グリーフケア®」を構築できたのは、動物から言葉を越えて「生き方」を自然に教えてもらっていたからだと思います。まずはご住職を変えた愛犬のことから聞かせていただけますか?
愛犬はフレンチ・ブルドッグのラリーと言います。じつはラリーは長女を残して家族が留守にしているときに亡くなったんです。しかも入院していた動物病院から連れ帰った翌日で、付き添っていた長女は非常に衝撃を受けてペットロスに陥ってしまいました。
ラリーを迎えようと決めたのも名前をつけたのも長女なんです。私が話しかけても「私が悪いんだ」と心を閉ざしていました。どのように声をかけてあげればよかったのか……。
家族全員で見送れなかったことは悩ましいですよね。私はその子が逝くタイミングを決めると思っているので、ご長女が選ばれたということだと思います。まずはご長女の衝撃や自責の苦しさに寄り添うグリーフケアが必要です。話しかけるよりも静かに見守って一人で衝撃に耐える時間を用意します。たとえば好きな飲み物をそっと置く、家族がラリーくんのエンゼルケアをしている姿を見せる、といったことがグリーフケアになります。
「助けたかったのに何もできなかった」と自責の念をもつ人に「そんなことないよ」と言ってグリーフを軽くしようとするのは逆効果です。悲しみや苦しみを共有するすると少しずつ話しせるようになって、亡くなるまでのラリーくんと過ごしたふたりの時間を思い出せるはずです。
そういえばラリーが動物病院から退院できてうれしかったので、病院の前にある公園を家族で散歩したんですね。そのときは喜んでぐんぐん歩いて僕らにとっては思い出ですね。元気を取り戻したかのように見えて、まさか2日後に亡くなると思いませんでした。
ご家族は「いつものラリーくん」と過ごして、「病気の子」として見なくて済んだのはとてもよかったですね。ラリーくんは大好きな家族と散歩して、信頼しているご長女とふたりで過ごして、最期を迎えたということ。安全基地であるおうちで大好きな人のそばで亡くなったハッピーエンディングです。
亡くなるときは生体反応で苦しむこともありますが、周りが安全だからこそ弱って行く姿を見せられたわけです。ただ、私は獣医師なら予測できる状況だったと思うので、本来は病態に合わせた医療とともにラリーくんが楽に過ごせるようラリーくんとご家族へのグリーフケアが必要だったと考えます。
先生のお話を聞いて、散歩のときにラリーがうれしそうに振り返った顔を思い出しましたよ。自分で生ききって死んでいったのかなと。そういえばもう1頭の愛犬である、ラリーの前に飼育していたフレンチブルドッグのトモは、家族一人ひとりの顔を見て、最期に遠くを見て亡くなったのですが、あまりにも尊くて。かわいそうではなく安心して逝ったんだと。2頭とも元気な自分を取り戻したかのようでした。
ラリーくんとトモちゃんは「本来の自分の顔を覚えていてほしい」という思いがあったのではないでしょうか。動物はポジティブに生き続けて、気がついたら人が「死」と呼ぶところにいるわけです。だからこそ動物が亡くなる前には心にグリーフを運ばないこと。「この子がどのように生きていくのがハッピーなのか」と考えましょう。
「死」を語れるお寺だからこそできるペットロスのケアと課題
ペットロスグリーフケア「安堵の会」では、飼い主さんが亡くなったペットについて語り合ったり、「想い」を届ける手紙を書いたりする場にしています。元々は宗教的な儀式は入れないで、飼い主が亡きペットに丁寧に向き合うための場所と時間を大切にできたらいいと思っていたのですが、参加者の要望が多く、僧侶が読経と法話をする時間も追加しました。今回は開催しているスタッフと参加者の方にもお越しいただきました。
今年の7月に15年を共に過ごした愛犬のトイ・プードルのクッキーを亡くしてショックを受けてまして……。自分を責める気持ちがつらくて、ひとりでは抱えきれませんでした。それで弟の同級生でご住職の大空さんにご相談して導いていただきました。
「ペットグリーフの会」も教えていただいて参加したんです。私の実家は九州のお寺なので證大寺を知っていましたが、ご住職をはじめスタッフのみなさんもあたたかい方で居心地がよく、「クッキーちゃん」と話しかけられるだけで、すうっと心がほどけるようでした。「ゆっくり時間をかけて悲しんでいいんだです」と言っていただいたのも救われる気がします。最近はクッキーとの楽しかった出来事を思い出すことも増えてきました。こういう場所があることをほかの方にも知ってほしいと思います。
ゆかりさんはお寺にご縁があって、しかも證大寺のご住職が人間味あふれる方なので駆け込みやすいですよね。クッキーちゃんを亡くしたグリーフは、存在感の大きさを再確認していると思ってください。いまは「グリーフの心理過程」の「衝撃期」を経て「悲痛期」にいるけれど、逃げずに向き合うことで心は「回復期」に入り、最後の「再生期」に向かいます。クッキーちゃんは命が終わっただけで、姿は見えなくてもゆかりさんと一緒に生きていけるんですよ。今までと同じように「かわいい」ってたくさんほめてください。
[グリーフの心理過程]については以下の記事を参考にしてください。
どう向き合う? ペットロス。今から始めるグリーフケアが、幸せの鍵に
さまざまな悲しみを抱える人に寄り添う「ホーム寺」へ
実は、いわゆるペット供養をしているお寺に対して私は抵抗がありました。自分の子どもと同様のペットが亡くなった途端、宗教者が供養をして、それで済んだことにしていくとのが白々しくて。それよりも亡くなった後に、悲しみの気持ちを持ったまま安心して亡くなった子と向き合える場所と時間を確保したいと思っていました。
私のもう一つの活動拠点のマレーシアには、イスラム教、ヒンズー教、仏教、キリスト教が存在し、グリーフを持った時には宗教を頼れますが、日本は確固とした宗教観を持たない人が多い世界でも例を見ない国です。そのためお寺だからといって仏教を押し出すと、ペットを飼っているだけでは来にくくなる方もいるかもしれませんが、ペットグリーフの「ホーム寺」であれば受け入れられるのではと思っています。
今は動物病院を主体に「動物医療グリーフケア」の「ホーム」を作っているけど、もう一歩広げるにはどうしたらいいかっていうときに證大寺のみなさんに出会って、宗教を超えた「ホーム寺」ができるのでは、と期待を寄せています。
「ホーム寺」といっていただいて光栄です。阿部先生と一緒に、ペットがいた豊かな人生を確かめる場を目指したいと思います。「ホーム寺」になれるよう頑張ります。今回の対談で、ペットグリーフとは亡くなった後だけでないことを教えていただきました。「安堵の会」も、ペットを亡くされた後だけでなくターミナル期(看取り期)を迎えた方にも参加いただけるように門戸を広げていきたいです。
お寺に来ただけでホッとする人も多いと思います。お寺は人の幸せを考えて存在している場所なので、ペットと飼い主さんの幸せを、悲しみを抱えた方々を守る場所として提供していただくと大きなグリーフケアへとつながりますね。私たちの取り組みを多くの方に知っていただけたらと思います。
「ホーム寺」実現に向けた第一歩
2023年12月3日(日)に、「ペットと人の出会いが結ぶこころの安全基地」と題したフォーラムを実施。「ホーム寺」実現に向けた第一歩として再び阿部先生・證大寺の井上さんのお二人に加えて中村先生の3名で座談会を開催しました。
獣医師の先生と飼い主の私たちが輪になって、ペットとの豊かな人生を確かめるために集った素晴らしい会でした。この会から證大寺も「ホーム寺」に向けての一歩を踏み出すことができたと考えています。毎週火曜日に受講している「動物医療グリーフケア」のセミナーなど、今後も阿部先生から指導を受けて学び続けて参ります。
證大寺さんでのフォーラムは今でも思い出すと幸福感が溢れてきます。会場とZoomが一つとなり、ペットと出会えた幸運とそれゆえに生まれるグリーフを共感し合う時間。グリーフは自然な心身の反応ですが一人で抱えるといろいろな感情が溢れだし出口が見えなくなってしまうため、信頼して話せる味方が必要です。
中村先生や證大寺さんと出会ったのも必然の奇跡。フォーラムではグリーフを抱える人が安心して駆け込める「ホーム寺」を目指す證大寺さんの意思が参加者に伝わり「動物医療グリーフケア」を中心に強い一体感が生まれました。
ありのままに笑い、涙が流れる時間。ハグできる人の輪。ペットが生きてる間も亡くなってからも大好きな人と安心して続けるハッピーライフ。「ホーム寺」が誕生する未来が楽しみです。