前回の『Vet's Advice!猫の腎臓病 食事編』に続き、今回の「高血圧症編」では、慢性腎臓病に隠れている高血圧症の検査と治療について堀先生がお答えします。猫も高血圧になることを初めて知った飼い主さんもいるのではないでしょうか? 早期発見の鍵になる血圧測定の解説は必見です!
堀 泰智 先生
・一般社団法人日本獣医循環器学会(理事)
目次
猫の慢性腎臓病には高血圧症が隠れている!?
猫も高血圧になるってびっくり! なぜ血圧が高くなってしまうのでしょうか?
腎臓病と高血圧がリンクしない方もいるかもしれませんが、慢性腎臓病の猫の65%が「高血圧症」という報告があります(※)。どうして高血圧が問題になるのかと言うと、血管にかかる圧力に負けないように血管の壁が厚く硬くなり、血液の流れが悪くなったり血のかたまりが詰まったりするからです。とくに血液が多く集まる腎臓や眼が影響を受けやすく、血液を送り出すポンプ役の心臓にも疲労が溜まってしまいます。
※Stiles J, et al. J Am Anim Hosp Assoc. 1994;30:564-572.
人間も猫も高血圧になるメカニズムは十分に解明されていないんですが、猫の場合は腎臓病、甲状腺機能亢進症が5割以上を占めるので、これらの基礎疾患がリスク因子になるでしょう。何らかの理由で先に高血圧症になり、それから腎臓病などを発症するケースもあるかもしれません。あとは人間と同じように老化や肥満も関係していると思います。予防が難しいので、まずは早期発見を心がけることが大切ですね。
どうすれば高血圧症を早く見つけられますか?
高血圧の早期発見には血圧測定が有効です。合併症を起こしていることもあるので、動物病院で血圧測定を含めたスクリーニング検査で不調の原因を見つけることが重要です!
じつは獣医師の僕らでも見てわかる客観的な症状はほとんどありません。人間でも高血圧の自覚症状は少なく、あったとしても頭痛やめまいくらい。猫も同様だと思うので、元気がない、じっとしている、食いつきが悪い……といった変化が目安になりますが、いろいろな病気の症状に当てはまりますよね。おそらく腎臓病や心臓病などの基礎疾患が高血圧症の症状につながっているんでしょう。血圧を測定しなければ高血圧症が隠れていることに気づけないと思います。
うちの猫の血圧が気になりますが、
動物病院が苦手なのでちゃんと測れるのか心配……。
そもそも血圧とは、心臓が送り出した血液が血管の内側を押す力のこと。ポンプの役割がある心臓が縮んだときが収縮期血圧(最高血圧)で、逆に拡がったときが拡張期血圧(最低血圧)になります。猫は収縮期血圧が140前後なら正常で、160を超えたら高血圧のカテゴリに入ります。動物病院では興奮しやすいことを踏まえて、僕は180を常に超えている場合に治療を提案しています。
当院では試行錯誤を繰り返して、猫が興奮している状態でもある程度安定した血圧測定ができるようになりました。猫をキャリーケースの中に入れたまま、しっぽの付け根にカフ(測定用の帯)を地肌に密着するように巻いて血圧を測定しています(カフの巻き方は下の写真を参照。ぬいぐるみによるイメージ)。猫のストレスにも配慮したオススメの方法です。
動物病院がとくに苦手な猫ちゃんへの対策
日頃からキャリーケースをハウスとして使っておくと入れたときにも興奮しすぎないと思いますよ。プラスチック製のクレートのような自立するタイプのほうが検査をしやすいものの、ご家庭や猫に合わせてバギーやバッグや洗濯ネットでもかまいません。
ホームドクターから血圧測定について聞いたことがない。
受診したときに頼んでも大丈夫ですか?
当院では年1~2回の健康診断に血圧測定を取り入れ、腎臓病の場合には体調がすぐれない時に必ずチェックしています。実施していない動物病院には、「腎臓病の合併症が気になるから血圧を測ってほしい」と伝えれば対応してくれると思います。血圧測定器がなくても麻酔用の血圧モニターで代用可能です。
高血圧症は高齢になるほど増える傾向にあり、診断基準にもよりますが10歳を超えたシニア世代の猫の1~2割が発症しているのではないかと思います。人間には高血圧症は身近な疾病で、自由に利用できる血圧測定器をよく見かけますよね。「おじいちゃんが高血圧だから猫も測っておこう」とか、気軽な気持ちで測定を頼んでみてください。
当院ではホームドクターの後方支援として、紹介による循環器の確定診断を行っています。
高血圧症と診断されたときのために、
事前に高血圧症の治療の流れを知っておきたいです。
脱水を起こす病気の影響で血圧が高くなっている場合もあるので、まずはスクリーニング検査で基礎疾患を見つけて治療を行います。たとえば腎臓病や甲状腺機能亢進症、副腎のがんなどです。治療しても改善しない場合や、スクリーニング検査で基礎疾患が見つからない場合は、高血圧症と診断をつけて血管拡張薬で血圧を下げていきます。
高血圧症が原因で網膜剥離を併発して失明することもあるので、猫の健康寿命やQOL(生活の質)を維持していくためにも高血圧症の治療は必要です。血圧を下げる薬を生涯飲むことになるかもしれませんが、服薬だけなら猫にはそこまで負担がかからないですよね。
高血圧症と診断された場合、
治療に加えて飼い主ができることを教えてください。
第一に暴飲暴食を避けた食生活です。猫の高血圧症に塩分が関係しないかもしれないけれど(※)、食事は生活習慣病に直結しますから。肥満なら心臓の負担を減らすためにもダイエットを始めたほうがいいでしょう。基礎疾患に応じた食事療法で問題ありませんが、猫は嗜好性がデリケートなので食欲が落ちてしまうことが心配です。まずは猫がいつもどおり過ごせることが大事。猫と飼い主さんが受け入れられる食生活をサポートしていくのも獣医師の役割なので、気軽に相談してくださいね。
※Buranakarl C, et al. Effects of dietary sodium chloride intake on renal function and blood pressure in cats with normal and reduced renal function. Am J Vet Res. 2004;65:620-627. 症状や治療方法も分かってきたけど、
高血圧症と間違えやすい病気はありますか?
腎臓病や心臓病
腎臓病になると回復は困難ですが、高血圧症による腎機能障害なら改善の可能性があることをお伝えしたいですね。実際に高血圧症の治療で尿蛋白や心臓の数値が正常化し、1年以上経って今も元気に過ごしている猫がいます。もし高血圧症の発見や治療が遅れていたら、きっと合併症として腎臓病や心臓病になっていたでしょう。「たかが血圧」と軽視してはいけないと思います。あとは飼い主さんが病気の兆候に気づかず見逃してしまうこともあります。食欲が落ちたのもあまり動かないのも歳をとったから、と思い込まないでほしいですね。
高血圧症も気になるけど、
いろいろな病気の治療は猫に負担がかかりそう……。
高血圧症にはいろいろな病態が絡み合っているので、放置すれば腎臓病が気づかないうちに悪化していきます。合併症として心臓病を引き起こすきっかけになるかもしれません。高血圧症をしっかり治療すれば、腎臓病そのものの進行もある程度は抑えられる可能性があり、合併症を防ぐことにもつながります。
複数の病気や症状がある場合には、どれか一つにフォーカスするのではなく、全身の状態を確認しながら治療を進めていくのが理想ですね。20歳を超えて長生きする猫が珍しくない時代だからこそ、たとえ高齢であっても治療は必要です!
堀先生からのメッセージ
高血圧症は腎障害(蛋白尿)、心肥大、視力障害、元気消失の原因にもなるので、長い目で見たら猫の生活に大きく関わってくる病態だと思います。不調にいち早く気づくために、 『Vet’sAdvice! 猫の腎性貧血【前編】』のチェックリストをもとに、普段の生活のルーティンワークができているかどうか確認しましょう。一時的な不調との区別をつけるのが難しいので、動物病院での血圧測定を含む健康診断も活用してくださいね。
取材にご協力いただいた病院
大塚駅前どうぶつ病院/心臓メディカルクリニック院長。北里大学獣医畜産学部獣医学科卒業。日本獣医循環器学会認定医、アジア獣医内科専門医(循環器)取得。「心不全で苦しむ犬猫を少しでも減らしたい」という思いから、約15年間に渡って大学で心臓病の研究を重ね、獣医療の発展に貢献。犬猫と飼い主に寄り添う医療を目指して、2020年にホームドクターと循環器科専門診療を兼ねた動物病院を開院。健康診断に血圧測定をいち早く導入し、予防医療はもちろん心臓健診の啓発に努めている。