本企画「Vet’s Cats~獣医の猫の飼い方~」では、猫を飼っている獣医師に取材。実際に自宅でどのように飼われているのか、また、動物のプロとしてどのような注意をしているのかを伺います。
今回は、「横浜ねこ病院」の見並由紀子先生にお話を伺いました。「猫との運命的な出会いと別れのお話」や、「猫とコミュニケーションをとりながら体調管理するコツ」など、猫への熱い愛情あふれる見並先生の暮らし方をご紹介します。
見並 由紀子 先生
目次
幼いときから身近だった動物との別れが、獣医師を目指す道筋になりました
見並先生は、どんなきっかけで獣医師になろうと思ったのですか?
祖父母が動物好きだったこともあって、物心ついた頃から家には、犬やうさぎ、モルモットやハムスター、九官鳥やインコがいました。幼い頃のそんな環境が、動物好きの素地を作ったのは間違いないでしょうね。
でも、小学校1年生の時、飼っていたポインターがフィラリアで亡くなって、すごくショックを受けたことを鮮明に覚えています。動物も病気になって死ぬんだという現実を、突きつけられた気がしました。
そのことを機に、動物の病気に関する本を買ってもらって読んだり、友達のお父さんでもある動物病院の先生に動物のことをいろいろ教えてもらったりしました。思えばそれが、獣医師を目指す第一歩だったのだと思います。
それは辛い思いをされましたね。猫との最初の出会いはいつ頃でしたか?
最初に就職した動物病院です。病院でたくさん抱えていた捨て犬や捨て猫のうちの1匹と、目が合った瞬間に、キュンッ! と心を撃ち抜かれてしまいました。それが「小次郎」です。子どもの頃から猫を飼いたかったこともあり、生後7ヶ月くらいの「小次郎」を連れ帰りました。
「小次郎」は表情豊かで活発な頭のいい子で、弟妹猫たちから頼られるしかりしたお兄ちゃん猫でした。穏やかな毎日を送っていたのですが、10歳目前で亡くなってしまいました。毎年の健康診断ではなんの問題もなかったのに突然、食欲不振になって。あらゆる検査をしても確定診断がつかないまま亡くなり、かなり落ち込みました…。獣医師なのに自分の猫を長生きさせられず、能力や知識不足を痛感させられましたね。
でもだからこそ、猫のことを集中的に勉強したいという思いが膨らみました。ちょうどそのタイミングで、現在の「横浜ねこ病院」の院長から声をかけてもらいきっと「小次郎」がこの病院と引き合わせてくれたんだ、と思っています。
小次郎くんとの縁が結んだ場所であり、現在勤務をされている「横浜ねこ病院」はどんな病院ですか?
“町の猫のお医者さん”のような存在ではないでしょうか。猫専門の当院なら他の動物はいないので、怖がりの猫ちゃんも静かに穏やかに診療を受けていただけます。また、私も看護師も、猫と暮らしている・暮らしていた経験があるので、純粋な猫好きと獣医師の両方の視点から、オーナーさんの気持ちに寄り添えると思います。
我が家のどの猫とも“運命”を感じています
2匹目のTJ(ティージェイ)くんとの出会いについて教えてください。
「TJ」とは、「横浜ねこ病院」に移る前に勤めていた動物病院で出会いました。この子も捨て猫だったのですが、またもや一目惚れをしてしまったんです。
「TJ」は今年(2021年)の1月に突然具合が悪くなり、15歳で亡くなりました。血液検査、レントゲン、超音波などの検査をしてみて、おそらくリンパ腫だろうと考えられました。元々、治療が大嫌いな子だったので、なるべく負担なく穏やかに過ごせる事を第一にケアをしていましたが、体調不良からわずか1、2週間でお別れが来てしまいました…。
「小次郎」と「TJ」は正反対のような性格でしたが、本当の兄弟みたいなところもあり、一緒に暮らした毎日は今でも忘れられません。
そうですね。「TJ」と暮らし始めた2年後くらいに譲り受けたメインクーンの女の子が「麦」です。7頭生まれた赤ちゃんの中でひときわ小さく、「ちゃんと育つか心配だから、見並先生にもらってほしい」と患者さんから託され、獣医師冥利に尽きると思い引き取りました。ちょうどその頃、メインクーンといつか暮らしてみたいと考えていたので、これも運命なのかなあと思いました。そんな「麦」も、今では13歳です。
そして、現在一緒に暮らしているもう1匹がMOZIE(モジィ)くんですね。
はい。「小次郎」が亡くなって3年くらい経ち、寂しさにもやっと踏ん切りがつき、家族とも「また3匹飼いたいね」と話していた頃でした。「里親を募集しているがなかなか見つからない」と患者さんから聞き、うちの子にしたのが「MOZIE」です。
まるで「小次郎」の生まれ変わりかと思うくらい、2匹には似ているところがあるんです。
“猫に振り回される”生活ですが、そんな日々を楽しむことが、この上なく幸せです
麦ちゃんとMOZIEくん、2匹との暮らしについて教えてください。
獣医師としてというより、“熱狂的な猫好き”という感じで過ごしています。とにかく、猫たちが快適にだらしなく過ごせるように気をつけている、“猫中心の生活”です。
猫が「侵されたくない」と思っているスペースには決して踏み込まないとか、好きな時に好きなところで過ごせるようキャットタワー3個を家の中に置くとか、好きなおもちゃはいろんな種類を揃えるとか。猫に振り回される生活ですが、それがむしろ心地いいんです。
食事において気をつけていることはありますか?
静かで落ち着ける場所で、少し高めの台に乗せてごはんをあげています。それから、通りすがりに気が向いたら食べられるよう、別の場所に2匹共有のお皿をひとつ置いています。
以前、夕飯は7時くらいだったのに、催促されるタイミングであげていたら、今は4時半くらいがディナータイムです(笑)。そうすると夜中にお腹が空いちゃうので、基準量の範囲で夜食もちょっとあげています。少しあげれば気が済むので要求のままに、ですね。
見並先生ならではのスキンシップの方法など、あれば教えてください。
毎日のスキンシップを通じて、物言わない猫のサインを見逃さないようにしたいと思っています。ブラッシングや爪切りなどのケアはもちろん、柔らかいお腹に顔をうずめながら心臓やお腹の音を聞いたり、においを嗅いで体調に変化がないか探ったり。これは私の趣味みたいなものでもありますが(笑)、同時に身体検査にもなっています。
見並先生流。猫の快適ライフを守るためのルール
- 1. 猫の「マイスペース」には基本、踏み入らない。
- 2. 基準量であれば、食事の時間は厳密でなくてOK。
- 3. ケアもスキンシップの一環。日々欠かさずに。
猫がお気に入りの場所で、思い思いに過ごしている時間のジャマはしません。かまってほしくなったら猫の方からやってきますから。『かまってほしい』を見逃さず、スキンシップやケアも、その時にしっかりしてあげましょう。
日々、猫と戯れながら楽しく、でもしっかりと健康管理しています
特に換毛期などは、長毛種の麦ちゃんのお手入れは大変そうですね。
はい。手入れを怠ると毛玉がすぐできるので、基本的には朝晩ブラッシングしています。毛が汚れてくると毛玉ができやすくなるので、季節に1回程度のシャンプーも欠かせません。同じタイミングでMOZIEもシャンプーしています。シャンプー後には毛の根元までしっかり乾かすことも大切です。さらに、ブラッシングもしっかりと。うちの子たちはスリッカーブラシが大好きなので、ずっと同じものを使っています。普段から少しずつブラッシングに慣れさせていると、シャンプー後もしっかりブラッシングしてあげることができます。シャンプーが苦手な子は、濡れタオルで拭くだけでも大丈夫ですよ。
爪切りや耳掃除も頻繁にされているのですか?
爪は月に1回切っています。特に「MOZIE」は爪切りが好きなので、スキンシップのついでに切っています。ハサミタイプは爪が潰れてしまうことがあるので、私はギロチンタイプを愛用しています。2匹とも耳があまり汚れないタイプなので、耳掃除はほとんどしていないんです。
日々の体調管理で気をつけていることはありますか?
排泄物のチェックは大切にしています。おしっこの色やにおい、うんちの形やにおいにはたくさんの情報が詰まっているんです。健康な時の状態を知っておくと、何か異変があった時に早く気づけると思います。
そのためには、おしっこを吸っても色が変わらず固まらないタイプの砂がおすすめです。直近の排泄物の状態がわかると、診察の助けにもなるので。排泄物はどうしても手早く処理してしまいがちですが、ぜひ毎日チェックしてほしいと思います。
他に、猫の不調に気づけるヒントはあるのでしょうか。
人間と同じように、気圧の変化や湿度・温度の変化と猫の体調も関係があるのではないかと思っています。例えば、私が片頭痛に悩まされている低気圧の日に限って、「MOZIE」が嘔吐をするんです。「気象病」と呼ばれている症状で、私もまだ勉強中です。対処法は確立されていませんが、天候と体調の関連性には今後も注目していきたいと思っています。
また、猫たちの肉球や後頭部、お腹のにおいを嗅ぐのが大好きなのですが(笑)、お腹を壊している時などはいつもと違うにおいがするのでびっくりすることがありますね。
見並先生流。日々のケアのコツ&ポイント
- 1. スキンシップのついでにサクッと爪切り。
- 2. 毎日の排泄物チェックで異変を見逃さない。
- 3. 体のにおいから「いつもと違う!?」を察知。
猫とのスキンシップを通じて、柔らかさ、丸さ、あたたかさなどに癒されながらも、その時間を健康管理につなげられるといいですね。
ありがとうございました。最後に、猫オーナーの皆さんへメッセージをお願いします。
私たち人間と比べると猫の寿命はずっと短くて、長くても20歳くらいです。猫を飼うということは、その人生を預けてもらうということ。お互いどれだけ充実した時間を過ごせるかは、日々のちょっとしたことで決まるのだと思います。
獣医師として働いていると、今朝まで元気だった子が突然亡くなるというケースにも遭遇します。そんなリスクを実感するのは難しく悲しいことですが、だからこそ、目の前のこの子たちがいつ亡くなったとしても後悔しないよう、我が子と毎日全力で向き合っていきましょう!